エピローグ
「葬列・その一」
エルカリナ城の南方に面した全ての階層のバルコニーというパルコニーには、双眼鏡を目に当てた兵士たちが数百人ほども手すりから身を乗り出し、その全員が息を殺すようにして、南――海の方向を
問題は、そのあとだ。
竜の生死は、王家の秘宝たる『赤の瞳』の回収は?
列車砲の砲撃音が
昼の明るさにも関わらず、太陽のように発光する花火が埋立地の真ん中から打ち上がったのは、その間、ずっと同じ姿勢を取っていた兵士たちの筋肉が悲鳴を上げ始めたころだった。
『赤』、『翠』、『青』、『白』の順で、四発。
「信号弾、上がりました!」
玉座の間に詰めていた首脳陣が、バルコニーで
「『赤』、『
「……『三つの秘宝の回収に成功せり、竜の機能停止を確認――』――こちらでも確認しました!
「ば……」
そんな中、合図もなしに一人の兵士が両の腕を上げ、その
「エルカリナ王国、万歳!」
その声を受け、他の兵士たちもが双眼鏡を放り出す。双眼鏡を抱えたままでは、それは無理だったからだ。
感極まりきった熱気が津波のように走って広がり、万感の思いを胸に抱えきれなくなった兵士たちが、それを
「エルカリナ王国万歳!!」「万歳!」「万歳!!」「ばんざぁぁい!!」
張り詰めきっていた
王都の危機は去り、我々が勝ったという喜びが
「おお…………」
寡黙で知られるシェルナ侯でさえ万歳の唱和に合わせて腕を上げ、その目の端を涙で
車椅子の足掛けから足を降ろし、立ち上がろうとして――しかしやはり、自分の体重を支えられずによろめいた。
「あ、ああ……」
ウィルウィナが、その
「ウィ……ル様……」
「いいのよ」
胸に倒れ込んできた老宰相の頭を、ウィルウィナは愛おしく
「あなた、これ好きだったでしょ。可愛い顔で感動してくれたことを覚えているわ」
「
「――あなた、死んでしまうのね」
表情のない顔で問うエルフの女王に、彼女の胸の谷間にその尖った鼻を
「危機は……去りました。これで私も、不在の陛下に対し、申し訳が立ちます……全ては、ウィル様のおかげでございまして……」
「よくがんばったわね、私の可愛いアデル」
ウィルウィナが、イェズラム公の頭に
「ありがとう、ございます……しかし、女王陛下、ただひとつだけ、思い残すことがございます……」
宰相の異変にシェルナ副宰相が気付き、
「アデルは、ついに
「私も、不老でも不死でもないから……いずれはね」
「そ…………その時のことで、ございます…………」
老人のしぼみかけた眼球が
「女王陛下が、いらっしゃられた際は…………このアデル、今度こそ、向こうで
「馬鹿ね」
ウィルウィナは
「あなたみたいな可愛い子、放っておくわけがないでしょう。――呼ぶわ、必ずね。……私はね、死んだら向こうで、死ぬまでに出会った可愛い子たちの全員を呼んで、
「おおお……」
イェズラム公の
「それは……本当に、本当にありがたきことで……今までに受けたことのない、最も
「でしょう。向こうで自慢していいわよ」
「はい…………。ア、アデルは、首を
「ええ。また
ウィルウィナが胸から彼の顔を放し、乾ききった
最後の命を吸われたように、イェズラム公の体から、全ての力が
「――さようなら、私の愛した子……」
シェルナ侯が言葉も
「――シェルナ侯爵、見ていたわね」
無限に続く万歳の合唱が続く中、老宰相が
「偉大なる宰相、アデル・ヴィン・イェズラム公爵が亡くなられたことに対し、エルフの女王として、心からのお
「ウィリーナ様……」
「私はウィルウィナよ」
ウィルウィナが身を
兵士たちの喜びの興奮は続いている。その声の波を背中で感じながら、エルフの女王は足音も立てずに、玉座の間から下りる階段に足を向けた。
「……何度経験しても嫌なものね。可愛がった子たちに、先立たれるというものは……」
涙を払った手を階段の手すりにこすりつけ、それだけを
◇ ◇ ◇
王都を
多くの者が傷つき、多くの者が帰らず、多くの者が大切なものを失った。
それでも時間は動き、太陽は
人も、その時間に身を
そして、人は生きていくためにひとつの
――
人は自分で自分の後始末をつけられないから、他者にそれを委ねる。他者もそれを受け
だから、王都の小さな教会で今、一人の
その送られる人間の名は、コナス・ヴィン・ベクトラル伯爵という――。
◇ ◇ ◇
どこまでそれが厚くのしかかっているのかというくらいの、厚い厚い
春の日としては肌寒いくらいの陽気。下着の厚さを間違えたかなと体を少し震わせて、『本屋』――『快傑令嬢リロット同好会』の
「そこを
「おお、久しぶりでござるな、『本屋』」
同じく同好会の会員である『探し物屋』が応える。中肉中背、特徴のない
二人が街の
互いの服装――
「まさか、あの伯爵が死んでしまうでござるとは……」
「これぞ青天の
「ここで立ち話をしていてもあれでござるよ。もう教会は近くでござるから取りあえず、歩きながら話すでござるな」
「そうなりな」
二人連れ立って歩く。歩きながら話そう、といいながらも、二人は無言だった。
話を切り出せないまま、教会に到着する。
小さな教会だった。
「……本当に『伯爵』の葬儀をここで行うでござるか?」
「ちょっと信じられないなりな――『葬儀屋』、こんにちはでござるよ」
「おう」
入口近くに立っていた、棒きれを思わせるように縦に長い体形の男が振り向く。同じく喪服を着ていたが、彼の立場は特殊だった。
彼は、同好会の会長であった伯爵の葬儀に参列しているのではない。
そのあだ名そのまま、この葬儀を取り仕切る立場にあった。
「『葬儀屋』……知らせを受けてびっくりしたでござるが、あの伯爵が本当に伯爵だったというのは、本当でござろうか?」
「役所も死人を使って冗談は飛ばさないだろ」
笑いもなにもない。真顔そのものの表情で『葬儀屋』は応えた。
「死亡証明書も出た。ちゃんと本名と身分も……
なんでよりによって、という
「うちの店で、そんなに豪華な案なんて
「『葬儀屋』……」
表情を変えずに淡々と言葉を並べ――しかしその根底に怒りと哀しみをにじませる『葬儀屋』の姿に、二人はなにもいえなくなった。
教会の鐘が一度、軽く鳴る。予鈴としての響きだった。
その音に我に返ったように、『葬儀屋』が顔を上げた。
「――そろそろ始まるぞ。中に入ってくれ」
三人は連れ立つようにし、教会に入った。
外観のボロさを裏付けるかのように、中も暗い教会だった。
天井のステンドグラスも陽の光なくしては輝かず、
もう間もなく葬儀が始まるという教会の中には、十数人の参列者が席に座っていた。
「――これだけなりか」
「
もうかなり虫に食われている板を布でどうにか取り
――
「みなさん――」
背の高い方の――それでも人並みほどの背丈の少女が、
「この
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