「葬列・その二」
ふたり――『探し物屋』と『本屋』が、目の前の少女がまっすぐな
リルルが自らの名として口にし、明らかにした『フォーチュネット』の家名。
二人は知っていた。成人したこの都市の住人で、その名を知らぬ者は
「フォ、フォーチュネットで、ござるか……」
「フォーチュネットって、あれなりか、『
口から零れた失言に、『本屋』が自分の口を
領地も全て失い、貴族としては完全に
「こ、こここ、これは失礼を! どうかお許しいただきた――」
「……頭を下げるなんて、おやめください」
声を張り上げたいところを、リルルは
「いいんです。私、その呼ばれ方、嫌いじゃありません。確かに私の名前には、貴族を示す『ヴィン』の名がついています。でも、それがついていてよかったと思うことなんてないんです。……いいえ、ない方がよかったといつも思ってます。こんなもの、私にとっては、余計な
「は、はぁ……」
「あの、リリーちゃんが……」
数歩離れて立つ葬儀屋は、数十分前に自分と同じ反応をしている仲間を見ながら、ただ
「伯爵……コナス様も、きっと同じ思いだったでしょう。あの方は
「――リルルちゃん、でいいじゃねぇか」
葬儀屋がいう。その目はどこか
「……あの図書館で俺が『
本音で語り合い、安酒を
それぞれに、もう語り合えぬ仲間の姿を脳裏によみがえらせていた。
「コナス様は、決して気安くは声をかけたわけではないでしょう……きっと、勇気を
「……そうか、そうだな。それが正しいな。確かにどこか緊張していたな。俺たちみたいだったよ、本当に……」
「しかし、この参列者の少なさはどういうことでござるか?」
長椅子についている
「貴族の家が皆殺しの上、焼き討ちされたという報道があったなりな。あれが伯爵の家だったなりよ」
「……王都の屋敷は伯爵を
「……人情味のない話でござるな」
「どういう
『葬儀屋』が視線を横に
「……ま、これも商売だ。しろといわれたらやる。
葬儀屋の視線を追い、他の四人も
白い花々に見守られるようにして、ひとつの
誰がいうともなしに同好会の面々はその棺の
「――伯爵……」
コナスが、眠っていた。
純白の厚い絹のガウンを重そうに着、
「笑っているなりな」
とてもいい夢を見ている、といわれても信じられそうな笑顔を浮かべていた。
「『葬儀屋』、苦労したでござろう、死人の顔をこんな風に整えるのは……」
「いじっちゃいねえよ」
少し乱れていた花の角度を直し、『葬儀屋』がいう。
「運び込まれて来た時から、この顔だった。体中傷だらけだったのに……俺も
「リロットを守って、
「――――え」
三人が絶句した瞬間だった。
「……快傑令嬢リロットに降りかかる
「……そ、それはなんでも、できすぎの話でござろう?」
「本当の話です」
少年の
リルルが言葉を失う。その白い顔からさらに、血色の一切が引いたように見えた。
白い花束を抱え、軍服に
「王都警備騎士団所属のニコル・アーダディス准騎士と申します。……自分も、その場にいました。その瞬間を目撃した者です。申し訳ありません、自分は、コナス様をお守りすることができなかった……」
「い、いや、騎士殿が謝られる話じゃない! ……しかし、本当かよ、どういう
「――やむを得ない事情で彼女に
ざわ、とその小さな場の空気がどよめいた。
「そんなのありかよ! メチャクチャいい目してんじゃねぇか!」
「同情して
「是非とも代わってもらいたかったでござるよ」
頭上で重々しい鐘の音が鳴り響いた。――式の開始を告げる
入口を閉鎖するために『葬儀屋』が入口に向かい、『探し物屋』と『本屋』も長椅子についた。
一言も発さず、リルルの側にまさしく影のように従っていたフィルフィナも、そのまま無言で離れていった。
「…………」
「…………」
あとに残されたのは、静かに互いを見つめ合う少年と少女、そのふたりだけだった。
リルルが口を開く――が、自分でもなにをいおうとしていたのかわからない。事実、口を開けただけで言葉が出てこない。そんな、勢いのままに動こうとした少女を、少年の言葉の機先が制していた。
「――
「っ」
表情を取り払った仮面のような顔から発せられたその一言は、言葉の弾丸となってリルルの心に穴を開けていた。
色々な意味で
しかし、そういえば、そうなのだ。
窓越しでの、顔を見合うこともない会話があったとはいえ。
リロットの姿としては、キスさえ
目の前にいるニコルは、二年間で数百通の手紙を交わし合った
会いたい、会いたいと気持ちを重ね合ったふたりの本当の再会が、これなのか。
こんな無味な
そのあまりに乾いた空気に、リルルは涙をこぼすこともできなかった。ただ、心が
目の前でニコルが短い言葉を口にし、頭を下げて
なにをいわれたか、耳に入らなかった。多分、挨拶以上の意味はなかったのだろうが。
「…………」
フィルフィナが座った場所から最も離れた長椅子に、ニコルは腰を下ろした。
心が空っぽになり、感情が空転したままの状態でリルルはフィルフィナの隣にリルルは座る。自分の足の裏が地面を
リルルの脇を、年かさの神父が祭壇に向かって歩いていく。一斉に参列者が頭を下げる中で、ほとんど反射的にリルルの頭が下がった。もう、自分がなにを考えているのかさえリルルにはわからなかった。
正面の祭壇、安置された棺の正面に立った神父が、何かしらを唱え始める。その文句の全てがリルルの頭を
「――――」
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