「私は、ひとりじゃない」
ニコルもまた、激戦の中にいた。
城塞竜の左前脚の付け根、そこに構えられた城門らしい巨大な扉に、
「に――に、逃がすものか…………!」
体力がほぼ
「やはり、中に入れるのか、こいつは――」
高層住宅ひとつ分のような大きさの脚を、
「く――」
階段を上りきり、閉ざされた城門を目の前にしたニコルが見たのは、そこで迎撃のために待ち構えていた鎧騎士の一団だった。
数は少ない――リルルが
城門までの道を
「うあああああぁぁぁぁぁぁぁ――――!」
骨の
最初の一撃で、頭部を破壊されたものが復活しないことに気が付いたのは、幸運以外の何物でもなかったろう。
闘争本能だけで目の前のものに挑みかかる、一体のしなやかな
そして、ニコルの体にも、
「ぐぅっっ!」
最後の数体を前にして、ニコルの
とっさに立ち上がろうとするが、膝に力が入らない。そこだけが他人の体のようだった。
だが、少年の
「たとえ、立てなくとも、剣は振れる……!」
自分に力はどれだけ残っているか。目の前の数体を吹き飛ばせるだけの体力はあるか。
次にあの大破壊の一撃を起こせば……起こせるのか? いや、起こせたとしても、それは文字通りに命を
「――やるしかない。起こさなければ、やられるだけなんだから」
城塞竜の翼が大きく展開されたのは、もう確認している。このまま、この山そのものの巨大な竜が、外に向かって飛び立つというのか。そんなことを、させるわけには――。
「――ニコルぅっ!!」
「っ」
白く輝く光が空を切り裂く速度で数条走り、それは巨大な
地面に突き刺さった数枚のカードを目に映し、ニコルは考えるよりも先に、その名を
「――リロット!」
片手にムチを
「大丈夫? ニコル、もう、脚が……」
「僕は心配ない。それより、殿下は――」
息の上がりさえ
「……そうか、やはり……」
唇を
「……ニコル。あなたを待たせてしまったわ。ひとりで戦わせて、ごめんなさい……」
「なにをいってるんだ。ここで戦うのは、僕の任務なんだ。誰にも謝られることじゃない」
少年の固い口調、親しみなどない口調に、リルルは悲しくなる気持ちを
「ここからは、私一人で行くわ。ニコル、あなたは下がっていてほしいの」
「馬鹿な! 君だけを戦わせるなんて、できるわけが――」
「なっ……!」
「ニコル!!」
そのまま、少年は前のめりに倒れた。その体を
「……く、うう……こ、この、情けない体が……!」
「ニコル、いいの。お願い、
「フィルは……」
「この竜が万一、地上に出た時のことを考えて、地上に戻ってもらったわ。コナス様を連れていく余裕はなかった……」
「しかし…………!!」
「――ニコル、冷静に考えて……あなたにはもう、戦えるだけの力は、残っていないでしょう……? 私に、戦えない者の
「ぐ、うう、うぅっ……!」
現実を飲まされたニコルが、歯を食いしばり両目を固く閉じる。
使命感と義務感、意地――そして、現実。その全部を頭の中でかき混ぜ、どろどろに溶かしきった中で得られた答えに、
「わ……わかった。僕は、退く……! しかし、君はひとりで、本当に大丈夫なのか……」
「私は、ひとりじゃない」
リルルが、
「あなたやフィルフィナ、そしてコナス様の想いを背負っているわ。ひとりでなんか、あるものですか」
その笑顔がニコルには気配のように
「……ねえ、ニコル、ひとつだけお願いがあるの。約束してほしい」
「なにを……僕にできることしか、約束はできない」
「一分間、目をつぶっていることもできない?」
なにかをいおうと口を開き、ニコルは黙した。目が泳いだ。
「それくらい、できないことはないけれど……」
「じゃあ、目をつぶって。おまじないをするから」
いわれるがままに、ニコルは目を閉じた。疲労が重い、目をつぶっているだけで、眠り込んでしまいそうになる――。
「
闇しか見えない世界で手渡された
「こ……!」
目で確かめなくても、わかる。
「これは…………!!」
これは、快傑令嬢リロットのメガネ!
「リ……リ、リロット……、君は……!」
つまり、今。
リロットの素顔を隠すものは、なにもなくて――。
「ニコル」
更に声を上げようとしたニコルの
「――――――――」
少女の息の香りが口の中に
両の手の指の全てを開き、折り直すくらいの時間、ふたりのキスは時を
ふたりの心が満たされ、満たされきるまで、それは続いた。
「――――」
少年の唇から少女の存在が去り、手からメガネの感触が消える。それが無言の、終了の告知だった。
「……まただ」
ニコルが目を開けば、
「また、君は、こんなことをして……相手の了解も得ずに、ひとの唇を……」
「私は快傑令嬢リロットよ。たまには、盗んじゃうこともあるわ」
快傑令嬢リロットの顔で、リルルが
「――ニコル、どうして目を開けなかったの? あなたが目を開けさえすれば、私の素顔は見られたのに」
「
ニコルは言い切った。それが全てであるというように。
「騎士は全て紳士だ。君が淑女である限り、
「あなたは約束を守る人だと、信じていた」
それもまた、正体を明かすことのできない、少女の全てだった。
「私は
少女が微笑む――微笑んだという気配だけを、ニコルは感じた。
「――ニコル、好きよ。愛してる。リルルとリロットのふたりで、あなたを愛しているわ」
「――――」
ニコルが、
「コナス様を、よろしくお願いします」
リルルが立つ。歩を進めてニコルに背をさらす。その美しい後ろ姿に、ニコルはいっていた。
「――リロット、僕は君を
「うん」
素顔で笑みを見せられないことに、微かな後悔を覚えながらリルルは振り向き、声をひとつ残してから、目の前にそびえ立つ城門に手をかけた。
固く閉ざされているはずの城門が、少女の細腕によって、
「――ニコル、またね」
言葉を残し、少女は自分ひとりの
「リロット……」
ニコルもまた、レイピアを
……今にも、こいつは飛び上がる。
「……必ず、戻ってくるんだ……」
共に戦えない
今は、全てを
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