「ニコルとコナス」
血に
今まで
ニコルが次に行ったのは、
少年は男たちの一人一人を観察し、胸から、背中から、その心臓を事務的に一突きにしていく。まるで、消し忘れのランプの
小さなうめき声が上がる
「殿下、ご無事ですか。お怪我は」
「あ、ああ。ちょっと痛むけれど、大したことはないよ……」
コナスを後ろ手に
「ありがとう。しかし、ずいぶん
いってしまってから、コナスは後悔した。目の前の少年の顔がわかりやすいくらいに
「……慣れてなどはいません。今夜はきっと悪夢を見ることになります」
男たちのマントで血を
その遠い目は、とても勝利者のものには見えなかった。
「……最初の時はひどいものでした。見習い騎士になってすぐのことです。同じ新入りの、同室の
苦い記憶を掘り起こし始めたニコルを止めるべきだ、とコナスにはわかっていたが、入り込むべき
「……
ニコルの顔が見る間に青くなっていく。コナスにはそれが、ニコルが話す状況の中で、少年がしていた顔なのだとわかった。
「それから二週間は、食事に肉が上がる度に吐き気を
「悪かった!」
「すまない、君の
「……お言葉には
「いや……。しかし、よく来てくれたものだ。本当に助かったよ」
「全てはウィルウィナ様のおかげです。この剣も」
腰に下げたレイピアに、ニコルは手を
「そして自分にも『双子の鈴』をお与えくださりました。反応がこの方向と
本当に間一髪だった。あの荒くれ者が最後の祈りの時間を与えてくれなければ、自分は死体としてニコルと対面していただろう――コナスは震え、おかしなことにその男に感謝する気にさえなった。
そして、同時にわからないこともあった。
「……途中の迷路はどうしたんだい? いくら方向と距離がわかっていても、まっすぐ進めはしなかったろう。かなり迷えるようになっていたはず……」
「あれを」
ニコルは壁に空いた大穴を
「通路の壁という壁を破壊し、一直線に進んできました。これもウィルウィナ様から戴いたレイピアの力のおかげです」
「…………そ、そうか」
知恵の輪を力で引きちぎるようなその行為に、コナスは思わず身震いした。
「しかし、リルル嬢の
「リルル?」
コナスの口から出た意外な名前に、ニコルが目を見開く。
「あれ? 聞かされていないかな? 僕とリルル嬢は婚約中の身なんだよ」
見開かれたままの目でニコルがコナスの顔を
「コナス・ヴィン・ベクトラル。……本当に誰からも聞いていないかい?」
「…………ああ――っ!」
声を上げてからニコルは
「こ……国王、国王代理殿下がリルルの婚約者……! ……い、いえ、これは大変失礼なことを! 殿下がフォーチュネット伯令嬢とご
「なにを
コナスが笑う。時々、その
「……君は優しい、いい少年だ。正直僕は君が
左の脇腹を押さえ、コナスはその笑いを
「殿下! すぐにお城にまでお連れいたします! お傷の手当てをしなければ――」
「馬鹿いっちゃいけないよ。君がしなければならないのは、そんなことじゃないだろう」
傷を隠すように手で押さえながら、コナスは声を振り
「君がしなくてはならないのは、最前線に
「しかし!」
「君は国王代理の命令が聞けないというのかね!」
「国王代理として、騎士ニコル・アーダディスに命じる。すぐさま前線に向かい、二人の
「殿下――」
「……お願いだよ、ニコル君」
ふわっ、と風が吹くように、コナスは表情を変えた。
「頼む。この通りだ。僕にとっての希望はあの二人と、そして君だけだ。ヴォルテールの野望を
「殿下……」
「僕なら、大丈夫だ。歩くくらい、一人でできる。……穴が続いている所をたどれば城まで行けるのかな? しかし、罠が――」
「
「……解除したのかい?」
「全て僕が作動させました」
「あはははは……あいててて」
思わず込み上げた笑いと共に激痛が走り、コナスは笑いながら小さく悲鳴を上げた。
「なら、大丈夫だね。――ああ、だいたいもう予想はついているんだけど、ここから君はフローレシアの所までは」
「『双子の鈴』で大まかな方向と距離はわかりますから、そこに向かって通路の壁をぶち抜いていきます」
「……確実そうだね。大丈夫か」
くつくつ、とわき上がる笑いを
「――行ってくれ、ニコル君。僕たち大人の不始末を若者たちにさせることを心から
「殿下?」
「……君は、君を大切に
「大丈夫ですか、殿下!」
ふらつきながら立ち上がったコナスにニコルが駆け寄ろうとし、コナスはそれを手で制した。
「早く行くんだ。
「……殿下、どうかご無事で! 失礼いたします!」
「気をつけて」
全てを振り切るようにニコルが一礼し、その身を
そのまま左目を閉じ、体から力を抜く。
暗闇の中で
間を置いて、爆音が続く。次第に遠くなっていくその音にコナスは
「――僕も、グズグズしてはいられないな」
椅子から立ち上がる。脇腹の出血は思ったほど
「……さて、行くか。僕もがんばらないとね……」
少しの間世話になった椅子を愛おしげに
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