「再会・王家の血を継ぐものたち」

 コナスは、どろのような深い微睡まどろみから目が覚めたと感じた途端とたんに、脳を直接に殴られたかのような重い眩暈めまいを覚えた。


「ぐううっ!」


 勢いで開いた左目、その視界が歪む。まるでひしゃげるように。


「う……う、うう……」


 一分前、自分がなにをしていたのかコナスは本気で思い出せなく、身をよじろうとした――腕も、脚も、胴体も動かせない。


「こ……これは……」


 大きな椅子いすに座らされ、首から下がなわ幾重いくえにもしばられて固定されている。こんなに厳重げんじゅうに縛らなくてもいいだろうというくらいに。


「ここは、どこだ……」


 目に見えるのは、今まで歩いていた通路とそれほど変わりえしない、灰色の天井、壁、そして床。ただ、広さはあった。通路ではなく、ここは、部屋か……。


「やっと目が覚めたか、豚」


 右――視野の外から声がしたと同時に、りが来た。


「ぐっ」


 くつ爪先つまさきを右脇腹にめ込まれる。小さく声が出た。


「なんだ、痛がらねえのか」


 拍子抜ひょうしぬけした声と同時に、男らしい人影が現れた。まだ視力がはっきりせず、コナスにはその人となりがぼやけてよくわからない。


 ただ、その歓待かんたいの仕方から味方でない、ということだけはよくわかった。


「……い、痛いよ。痛いけどね、僕の腹はほら、厚みがあるからね……」

「ふぅん。でもな、左側・・ならそうもいってられないだろ?」


 ひやっ、とした悪寒おかんが走ったと同時に、別の男が左脇腹を蹴りつけてきた。


「ぐうううぅぅっ!」


 左脇から右脇に、矢のように走った激痛がつらぬく。口を開けていれば舌をみ切っているほどに歯は食いしばられ、皮膚という皮膚が脂汗あぶらあせき出す――気絶しなかったのが不思議なくらいだった。


「おお、いい声で鳴いてくれるじゃねぇか。まあ、当然だな。俺がえぐってやった・・・・・・・傷だ。そんな傷でよくもまあ、ここまで来たもんだと感心するがな」

「き……君たちは……」


 コナスはその声、いや、口調の方に覚えがあった。誰なのかは把握はあくできていた。

 首をゆっくりとめぐらせようとするだけで、神経がギシギシときしんで顔がゆがむ。


 六人……いや、七人の男たちが立っていた。そのままでは大通りを大手を振っては歩けなさそうな男たちばかりだ。げ茶色のフードを外し、マントで首から下を隠しているその男たちの全員の顔に、コナスは見覚えがあった。


 つい昨日会ったばかりの男たちだった。そして、縛られている以外は、同じような格好にされた――。


「君たちは、屋敷をおそってくれた手合いか……!」

「おお、やっぱり覚えてくれていたか」

「ぐぅ! ぐぅっ!!」


 左脇腹、昨日短剣で深々と刺され、止血帯しけつたいめ込んでい付けただけで止血した箇所かしょ、執拗しつように靴先でいたぶられる。声を出すまいと奥歯を噛みしめていても、あらわになった痛覚をねらって蹴られる痛みに体が二つに折れそうになった。


「そこらでやめとけ」

「まだ足りねえだろ。こいつのせいで仲間の首がふたつも飛んで、お礼をしなくちゃな」

「気絶されると時間を食う。あの御方・・がそろそろ――」


 男の声が終わらないうちに、ふぅっ、と空気が揺らいだ。鬼火おにびに似た青い光が、炎の揺らめきを漂わせてその場に灯り、やがては人の姿を取っていく。

 男たちがかしずくように足を退いて開けた空間で、それは一人の人物――少年の姿を取った。


 腰を曲げて体を折ろうにも、後ろ手で背もたれに縛られているがために動けないコナスが乾いた笑いを浮かべる。おどろく感情もあったが、それ以前に笑いの方が早く来た。


 知っている少年・・・・・・・だった。


「……は、ははは、これは、これは……」

「――久しぶりだな、コナス」


 地に足が着いていない・・・・・・、高貴な貴族の子弟していといった礼服に身を包んだ姿の少年が、口を開いた。

 にじんだ青い光で作り上げられたその姿は、現実的な輪郭りんかくを欠いている。そこに実在するのではない、まぼろし――。


 そんな、朧気おぼろげとしか言い様のない姿でも、コナスにはそれが誰かわかった。


「カデル・ヴィン・ヴォルテール……か……」


 コナスには、懐かしい姿だった。ある意味、本当に懐かしかった。


「君は……本当に、お変わりないようだ。三十年前、最後に会ったそのまんまじゃないか……」

「そういうお前はずいぶん歳を食ったようだが、昔の面影おもかげがだいぶあるな。本人だということが一目でわかるよ」

「ありがとう。童顔だというのは、よくいわれるよ……。しかし、僕は立派な中年になってしまったのに、君は少年のままか……う、うらやましいな……」

「国王代理就任しゅうにん、おめでとう、従兄弟いとこ殿」

「い、従兄弟殿か……ふふふ……」


 笑いに力が入らない。お互いの母が姉妹である従兄弟を、こうも手荒てあらあつかってくれることに皮肉の一つもいいたかったが、焼けるような痛みが顔を歪めてくれていた。


「国王代理っていうのも、面倒なだけでね。うれしくなんかないんだよ。できたら、代わってほしいけど……無理そうだね」


 コナスの肌からき出した汗が服をらし、服を冷たくして体を冷やす。痛みと、これからどうされるかという恐怖に体が反応している。


「今の君には、代わってもらうわけにはいかないな……」

「コナス。お前はずいぶんと変わったようだな」


 子供が大人に語りかけているとは思えない、見た目を超えた威厳いげんがその青白い影からにじみ出ていた。


「昔は母親におびえた眼を向けるだけの、自分の意見も持てないような子供だった。正直、王都からげ出したお前が、あれ・・を見て帰ってくるとは思っていなかった。帰ってこなかった方が話は円滑えんかつに進んだのだがな……どういう心境の変化だ」

「守るべき大事なものが、この王都にはあるからね……」

「ベクトラルの家のことか」

「そんなものはどうでもいいんだよ」


 カデルのまゆが一瞬、奇妙な角度に変わった。


「僕はね、あの屋敷が燃えてくれて、むしろせいせいしてるんだ。この悪漢あっかんどもが、家来を皆殺みなごろしにしてくれたことは、大変遺憾いかんだがね……」

「では、なんだ? あの王都に、お前が守るべきなにがあるというんだ?」


 コナスは答えなかった。汗がしたたる顔で、小さく、暗く笑うのが返事だった。


「……わからん奴だ。まあ、いい。お前から二つの瞳、『青の瞳』と『みどりの瞳』を回収すれば――」

「それが、こいつ、持ってないんです」


 青い炎の影が、沈黙ちんもくした。


「気絶している間に体を改めましたが、なにも持っていません」

「……それを持っていたら、今頃こんな余裕顔でいられないよ。そうだろ」

「貴様……」


 幽鬼のような姿が一歩、前に出た。


「持っているはずだ。持っているからこそ貴様は迷宮を突破できようとしていたんだ。あれをどうした!」

「あれを僕がそこらに捨てるわけがないだろう。あれを君の所まで持っていかないと、君の野望を阻止そしできないんだからね」

「ということは、まさか――!」

「ま、順当に考えれば、それしかないね……」


 ふふふ、とコナスの口元から笑いがれた。ここに来て、初めて腹の底からいた笑いだった。


「君が欲しがっている王家の秘宝ひほうは、フローレシアお嬢さん二人にたくしてある。あの強いフローレシアたちが君の所にたどりつくのも、時間の問題だ……。悪いことはいわない。今すぐ手ぶらで退散たいさんしたまえ。それが、君が生き残ることのできる、唯一ゆいいつの道だよ……」

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