「刃なき逆襲」
「……快傑令嬢リロットとかいう娘と、それにつきまとっているエルフの娘のことか!」
「そうさ。二人とも悪を許さない、僕なんかとても
口にしてみて、全ての自由を
「たかが小娘ふたりが、なんになるというのだ」
青い炎が大きく揺れた。次にはそれが空間一面に広がり、壁と天井、床にまで広がる青白い半透明の
「ひっ」
荒くれ者たちの顔の全部が大きく
事前に知識があるコナスの驚きは、そこまで大きなものではなかったが、それでも胃に響いた重い衝撃に歯が食いしばられた。
「これは……!」
れっきとした
暗緑色の岩石――いや、強固な建材で構成された、無機質な竜。しかもその足元には人がいる――竜に追いすがろうと走っているその人影は、竜の足に鋭く生えている巨大な爪の大きさほどにしか見えない!
長く前に伸びた首と尾、山のように盛り上がった胴体の姿からは、山のような大きさの大要塞が前進している、という印象しか
「わかるだろう、コナス」
コナスの歯が食いしばられ、その眼から冷静さが消えていることに満足するかのように、カデルの声は落ち着き、そして勝ち
「これが伝説にある、魔界からの侵略を防ぐための切り札である、『
「……話には聞いていたし、君の目的がそれにあることは、予想はついていたよ……」
「お前も大公家の人間だ。ちゃんと申し送りはされていたのだな」
「……で、そんなもので地上に出てどうするんだい? そんなものでお日様を浴びながら、散歩でもするのかな?」
「まず、王城を
コナスの口が一つ、大きく引きつった。
「この城塞竜の前では、王城など
「…………もったいないね。観光名所として
「
コナスの笑いが消え去る。
「どうやってこの城塞竜が『結節の空間』から
「――やめろ!」
コナスには、それが見えなかったが、わかった。
カデルがその手にした
◇ ◇ ◇
エルカリナ城の一角では今、まさに
「ふふん、ふふん、ふふん、ふふん……」
巨大騎士の剣に
南向きの広いバルコニーに大きな
「ああ、ああ、これはまさに天の国の感じだわ」
心地よい程度に
全て、ウィルウィナが自ら面接し、
城を救った功労者の意向に逆らえる者などいるはずもなく、他人の城でまさに女王として振る舞っている。
「こういうのをなんていうのかしら? 『
裸の肩、乳房の危ういところまでを泡の外に出しているウィルウィナが、片手にしているグラスを軽く振る。小さなテーブルの上で氷に冷やされているボトルを
「ありがと」
石鹸の甘い
これ以上もないほどに
「いいわねぇ、お酒、お風呂、美少年! これ以上なにを望むものがあるのかしら。里じゃ絶対にこんなことはできないしねぇ」
まさに絵に描いたような、
「ああ、弓を
並んだ十二名の美少年たちが、
「……酷使した肩と腰と脚が痛いわ」
少しだけ冷たくなった口調に、まだ
「ウィルウィナ様……あの、よろしければ
「あらぁ? なにか要求しちゃったように聞こえたかしら? でもせっかくだから御厚意に甘えましょうか」
「では、お上がりいただいて、お部屋の中で」
「このままでいいわよ」
少年たちの顔に恐怖の色が走った。
「このままでいいわ。お風呂につかりながら
「そ、そんな、直接お肌に手を触れることなど」
「このままでいいといったのよ」
瞬間、ウィルウィナの眼から笑いが消えて、それが少年たちの心を冷えさせた。
「たくさんの手に同時に
もう、少年たちに迷いはなかった。
浴槽に
十を軽く超える手に一度に触れられ、石鹸が溶けた湯で盛大に洗われる感触に、ウィルウィナは
「そう……そう、そうそう、しっかり
目の端に涙を浮かべ、自分たちが行っている恐ろしい作業に恐れおののき、色んな理由で腰を引かせた美少年たちが、一分一秒でもこの
「ああ、幸せ。
「ひぅっ……」
「泣くな、泣いちゃダメだ」
「……それにしても、どうしてこんなに水準の高い美少年が
全員の手がびくっ、と震えたのをウィルウィナは感じた。互いに顔を見合わせ、頬を赤らめ合う美少年たちの様子にウィルウィナも全てを
「……ああ、そう、そういうこと……。このお城にも
そんなことは放っておいて、今はただこの心地よさに心を沈めよう――そうウィルウィナが目を閉じようとした時に、その予感は
「――――」
ウィルウィナが、
ウィルウィナの肩に手を触れていた美少年たちがつんのめって浴槽に体を突っ込ませかけ、残りの美少年たちは泡の中から突然現れた裸体に思わず目を手で
まるで普通に浴槽から出るようにウィルウィナの脚がひとまたぎし、大量の泡混じりの湯を体からしたたらせたまま、バルコニーの手すりにまで歩を進める。
「ウィルウィナ様! いくらなんでも、このような場所で、そのようなお姿で!」
最も勇敢な美少年がバスタオルを手にし、女王の体になんとしてもそれを巻き付けようとした時、笑みが消えた顔で南の海を見据えるウィルウィナの視線の先で、
ズバァウッ!
空と海との境界で、太陽が破裂したかのような光が爆発して大きく弾け、それが王都に存在する全ての影を、光の中に引き
その
「――――――!!」
巨大な光の柱が、海から天に向かって突き上がった。
空に横たわる雲を下から
光よりも数秒遅れ、
「ひゃあ、ああああ……!」
ウィルウィナにタオルを巻き付けようとしていた美少年は反射的にウィルウィナにしがみつき、その瞳の中で光の柱が消え失せても、そのまま体を
「――ま、こうなるわね……」
ウィルウィナの視界の真ん中に
海に、穴が空いていた。
それはこのエルカリナ王城の全てがそのまま
◇ ◇ ◇
青い幕の中で展開された光景に、
「ふぅん……。
青い幕に投影される映像が、カデルの姿に切り替わった。玉座と
「コナス。お前に特段の
「……僕には子供は作れないんだけれど、信じてくれないんだろうなぁ……。で、さ。聞いておきたいんだけど」
「なんだ。私は忙しいんだ」
「いいじゃないか。これが最後の従兄弟同士の語らいになるんだから、あと数分くらいつき合ってくれてもバチは当たらないだろう」
どこか
「王城を破壊して、王都を制圧して、その後はどういう計画なんだい?」
「ゴッデムガルドを
エルカリナ王国でも有力貴族のひとり、ゴーダム公爵が治める街の名前をカデルは口にした。
「ゴーダム公爵は
「……いい見せしめになるだろうね……」
「残りの貴族も私にひれ伏し、従うだろう。そしてこの城で大陸間を
「なるほど、完璧な計画だ。文句をつけたいけれどつけようがないよ。素晴らしくて拍手を送りたいんだけど、
「こんなにも
「ああ、ちょっと待って」
「……なんだ」
さすがに、カデルの声に
「まだ君は
「だからなんだ」
「世界を手に入れて、その手に入れた世界において、君はなにをしたいんだい?」
カデルは答えなかった。
椅子に座ったままなにかをいいかけ、そのまま固まっていた。
その空白が、回答の全てだった。
「考えたことないんだろう。なんのために世界を手に入れようとしているのか。断言しておいていいよ。――君が手に入れられるのは、世界という大きさだけは馬鹿でかいだけの、空っぽの
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