「病院での対面」
真っ青な空に
明らかに空の色には
「ニコルは……ニコルはどこなの……!」
地上では感じられない風の強い流れを感じながら、わずかな心当たりを頼りに、フェーゲットの森に飛ぶ。
森の木々の先端を
「え……!?」
つい数日前、この場所で死ぬような目に
が、小さな城ともいえる高さの屋敷が、消えていた。
「え、え、ええ……!? ここで
周辺には十数人の警備騎士団員の姿があり、なにかを調査しているかのようにうろついている。リルルはかまわず、その真ん中に舞い降りていった。
「なにがあったんですか!?」
いきなり空から降ってきた少女――快傑令嬢リロットに、
「や、屋敷がなくなったんだ。俺たちにもわからない」
「こ、ここにはもう何もないぞ。あ、あんた、なにをしに来たんだ」
目の前の手配犯を
「ニコルを探しに来たんです! いないんですよね!」
「あ、ああ、い、いない」
「ありがとうございました!」
少女が傘を軽く上に投げる。白い傘を放した手でリルルはスカートの
「それでは失礼いたします。みなさまお仕事、まことにご苦労様です!」
まっすぐ落ちてきた傘を空中で受け止め、音もなく空中に舞い上がった薄桃色のドレスの少女を、警備騎士たちは
警備騎士たちは無言で顔を見合わせ、自分たちが
「……あれ、リロットだったよな」
「ああ、リロットだった。捕まえようとしなくて、よかったのか?」
「よくはないけれど、捕まえようとしてできたか、あれ」
それに首を縦に振れる人間はいなかった。ただ、少女が深々と頭を下げた様だけが、心に焼き付く残像として全員の胸にあった。
◇ ◇ ◇
結局、北に南に、東に西に王都の空を文字通りの
日が落ち、夜の
ただがむしゃらに移動するだけではニコルを見つけられないことなどは、わかりきっていたが……。
「はぁぁ……」
闇に
「ニコル、どこなの……」
快傑令嬢リロットとしての姿を解く。いつものワンピースドレスに一瞬で着替えたリルルは、玄関の前で重い息を
「お嬢様」
リルルの背中で玄関の扉が開き、その隙間から
「フィル。やっぱり、ニコルは見つけられなかった……」
「ニコル様が見つかりました」
ぱちり、とリルルが瞬いた。
フィルフィナの言葉の意味が理解できるまで、数秒の時間が必要だった。
「どこにいるの、ニコルは!?」
「それが……」
「ま――――まさか、ニコルが死んで見つかったとか…………!!」
「そういうわけではないようです」
「あ、あああ、そ、そうならいいのよ、そうなら…………」
リルルの大きく
「わたしも詳しいことは聞いていないのです。ただ、ニコル様が帰ってきたわけではないのだけは確かなのだと……」
「見つかったけれど、帰ってきていない……?」
「とにかく、今から事情を聞きに行きましょう。お嬢様が帰ってくるのを待っていたのです」
フィルフィナは首に掛けている笛を取り出し、それを高らかに二度吹いた。数分とかからずに、その細く鋭い音を聞きつけたケンタウロスたちが
「事情を聞ける場所を知らされているのですが……その行き先が……」
「行き先……どこ?」
その目を
「……軍病院です」
◇ ◇ ◇
三階建ての
屋敷から六カロメルトの
フィルフィナが
「ひっ」
青年が座っていた長椅子の前の部屋、そこに
「リルル・ヴィン・フォーチュネット様でしょうか」
フィルフィナと面識があるのか、彼女と顔を合わせてから青年が
「そうです! あ……あの、ニコルが、ニコルが見つかったと
「はい……事情を知っている者がいるのですが」
その口が
「
「亜人? い、いえ、少しもかまいません! 直接会わせて下さい!」
それでは、と案内する青年が入っていったのは、遺体安置室の隣の
「失礼します」
リルルが先に部屋に足を
「お嬢様、わたしは部屋の外で話を聞いています」
「フィル?」
「病院の裏口で待っています。用が
フィルフィナが部屋の中に入らなかったわけは、すぐにわかった。
「フローレシア。この者が、ニコル・アーダディス
「――――!」
思わずリルルの背筋が
「――どこかで会ったかな?」
振り返ってそう口にしたラミアの顔を、リルルは忘れていない――鮮烈に覚えている、亜人奴隷市の場であのハーピーを預かると申し出たあのラミア!
「い、いいえっ!? 初めて会いましたよこんにちは!」
完全に上ずった声が口の中で
「もう夜だろう」
「ラミア! このフローレシアはれっきとした伯爵令嬢殿だ! 無礼な口ぶりは許されんぞ!」
「いいえ、全然かまいません! 私は気にしませんから!」
なおも注意を
「あんたが、あの金色の髪の少年の知り合いというわけか」
「わ、私、リルル・ヴィン・フォーチュネットと申します。あなたは……」
「シーファ。それが私の名前の全てだ」
口調も声も、確かにあの時のラミアのものだった。一度リロットとして顔を合わせている者を前にして、正体を
「あんたに
ラミアの目が青年の方に向けられる。ここに青年が立ち合っているのは、余計なことをラミアが話さないようにとの監視も
「あんたがニコルと呼ぶ少年、騎士は生きている。それは話せる。生きてはいるが」
「生きては、いる、けれど……?」
その歯切れの悪さがリルルの首筋に氷を当てた。
「正気じゃなかった。彼のために十人の偵察隊が全滅した。彼に
「ええっ!?」
ニコルが――襲った? ――全滅!?
「ど、どういうことなんです!」
「私もその偵察隊の一人だった。ある場所を
「私も参加していました。無事だったのは、撤退に成功した私たちふたりだけなんです。アーダディス准騎士の同僚であるストラート准騎士もいましたが、アーダディスはまず彼を打ち倒して……」
「ストラート様が!」
リルルの心が
「そんな! ニコルが、あの優しいニコルがどうして!」
「いったろう、正気でなかったと。あやかしの術か魔法かで
「ニコルが、全滅させた……全滅させただなんて……!」
腹部に強く小さく縮こまるような痛みを覚え、リルルはうめく。ニコルが人を殺した――味方であるはずの騎士たちを、それも八人も!
「なんで、そんなことに……」
目の奥に込み上げてくるものを感じた時には、
「そ、そんなこと、あって、あっていいはずがないわ……!」
ニコルは操られている――操られた結果に違いない。人を傷つけるのが何よりも嫌いなニコルが、人を、ましてや味方に正気のまま手をかけるなどあり得ないことだ。
だが、操られたとはいえ、八人もその手にかけてしまえば、たとえ正気に戻ったとしても――。
はっ、と心に閃いたものがリルルの顔を上げさせた。
「ストラート様をはじめ、みなさまは!?」
「救出活動として第二陣を編成し、倒れている八名をなんとか
「彼はある場所を守っているかのようだった。こちらが一定の間合いを取っていれば近づいては来なかった。そのある場所というのが、問題なのだがな……」
それ以上は話すな、というように青年の目が走る。
「ストラート様たちは、この病院に……」
「ええ。運び込んでおります」
「ひ、ひどい……」
その八人が、この隣の遺体安置室に運び込まれているということか。それで自分はこんな控え室に通されたのか。
涙が止まらない目にハンカチを当て、それでも前を向かなければならないと自分を
「せめて、せめて、ストラート様ならびに他の方々のご
「――――」
シーファと青年が顔を見合わせた。明らかに
「いえ、それは無理です」
「も。もしかして、見るに
「いいえ、そういうことではなくて。遺体に対面はできません」
五秒きっかり、言葉を選ぶための時間を
「八人とも、生きていますから」
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