「迷宮へのいざない」
王城の高層に位置する
本来は布団に入って安静にしていなければいけない
「――多分、私はここで死ぬだろうな……」
十数歩離れて
そろそろかと思われた。
壁の向こう、
「――イェズラム公」
「戻られたか、シェルナ侯」
「ご報告いたします、ヴォルテール男爵は――」
「取り逃がしたか」
シェルナ侯が継ぐ言葉を失った。間を取り持つようにイェズラム公爵が長い息を
「当然、この展開は予測しているだろうからな……無駄だとは思ってはいたが……」
「それが、ただ逃亡しただけではないのです」
それぞれの従卒が部屋から退出する。大きく重い扉が閉じられれば、閣議室の中は二人だけになった。
「……私も
「いまさらなにも
「ヴォルテール邸が、なくなっていたのです」
「……ほう、それは驚いた」
少しもそう聞こえない調子で公爵が
「なくなったというか、どこかに屋敷ごと移動したというか……しかし、小国の城くらいはあるあの屋敷を
「相手は人ではないということだな。屋敷は……おそらくは『
「そんなことが……」
「可能性がない、とは誰にもいいきれん。それはそうと……」
ふっと思い出したように、イェズラム公が口にしていた。
「シェルナ侯。貴公が連れてきたその二人は、お友達かなにかかな?」
その言葉にシェルナ侯が目を見開き、振り返った時に
「うぐっ!」
しなやかで速い――しかし重く太い一撃にシェルナ侯が背中を打ち
「ぐぅ……がぁぁぁ……!」
シェルナ侯の足が床から浮かぶ。腕ごと上体の全部を
「――静かにしていてもらいましょうか?
「そ……そうだぁ! 静かにしていろぉ!」
平然と動かないイェズラム公爵の耳元で
「騒いだりしたらこ、こ、こ、殺すぞぉ!!」
「……あのね、メイリア」
「あ――あたしは、お前を殺すことなんて、な、なんでもないんだぁ!! もう何百人も殺して来てるんだからなぁ!! へ……へ、へ、平気なんだぞぉぉ!! 外の兵隊を呼んだりしたらどうなるか、わかってんだろうなぁぁ!!」
「――閣下!!」
厚い壁一枚を貫通する
「ひゃ――ひゃあああ! シーファ!
「お前が呼んだのよ、お前が」
革鎧姿のラミア――シーファが心の底からため息を
「こ……この亜人ども! 閣下たちを放せ! さもなくば!」
「い……い、い、一歩でも動くなぁ! 殺すぞ、殺すぞ、殺すんだからなぁ、本気なんだぞぉ!!」
「――娘」
短剣の刃に喉元を叩かれても
「人に
衛兵に向かって公爵が小さく手を
「この二人は私の友人でな。少しじゃれているだけだ。下がっていい」
「さ……宰相閣下!」
「今から秘密の話をするのだ。下がれ」
静かだが、確かな
「メイリア、短剣をしまっていい」
「シーファ、ごめん、あたし役立たずだぁ……す、す、捨てる? あたしを捨てちゃう?」
「捨てないし役立たずでもないし、あとで可愛がってやるから、早く短剣をしまいなさい」
ハーピーの娘――メイリアが泣きべそをかきながら短剣を腰に納めた。
「シェルナ侯を放してやってくれんか。息苦しそうだ。――シェルナ侯、この二人は我々に話があってきたようだ。抵抗する必要はない」
「……どうしてそう思うのかしら?」
「お前たちが暗殺者であれば、とっくに私たちの喉元は
「……話が早くて助かるわ。さすが宰相閣下、
「美しいお嬢さんに
シェルナ侯に巻き付いていた蛇の胴体が、
「失礼したわね、侯爵様」
「……妻以外の女性に、こんなに熱烈に抱きしめられたのは、三十年ぶりだ。ドキドキしたよ」
「嬉しいことを。どう? あなたの愛人になってあげてもいいわよ」
「シーファぁ! 浮気者ぉぉ!」
「……遠慮しておく。この世で最も怖いのは妻なのでな」
「あら、残念」
シーファが薄く笑う。
「……ま、私たち、姿が姿だから、普通の手段では顔も合わせてもらえないと思って、こういう手段に
「そなたたちのような可愛らしい女性のお茶のお誘いなら、ちゃんと受けていた」
「お茶は問題がすんでからたっぷりさせてもらうわ。――この王城の足元の件についてよ」
イェズラム公爵が片目を細めた。
「興味を持っていただいたようね?」
「……何故それを知っている?」
「亜人
「……警備騎士団からも報告が上がっている。今朝、金色の髪のダークエルフの女に警備騎士の一人が
シェルナ侯とシーファの視線が
「そのダークエルフも金色の髪をしていた。同一人物ではないのかしら?」
「つまり、そなたたちは」
「私たちは、そこにあなたたちを案内できる。――場所、知りたいでしょう?」
「……何故、そうも協力的なのだ?」
「私たち亜人もこの王都に住まう者。王都の危機は私たちの危機なのよ……本来は、亜人を
「そういう組織の者か……」
「まだ
「苦労しているのはわかる。そこのハーピーをしっかり訓練してやれ。今のままではきっとどこかで命を落とすことになる」
「ほっとけぇぇ!」
「……
「信じなくてもいいのよ」
シーファの
「信じろとはいわないわ……信じてもらえるだけの材料も持っていないしね。……でも、あなたたち、信じるしかないのではなくて?」
シェルナ侯は黙った。そのまま口を開かなくなった。
「……聡明な
「シーファ。聡明でない方がメイリア」
「シーファぁぁぁ!」
「シーファとメイリアか。……そなたらの提案に乗るしかないようだ」
ふぅぅぅ、とイェズラム公の喉から空気が
「シェルナ侯、地下
◇ ◇ ◇
王都エルカリナ北東部区域の端にある、小さな
あまり
その店の奥、事実上の『快傑令嬢リロット同好会』の本部となっている倉庫に、二人の男が訪れていた。
「おう、来たか」
明かりが
「葬儀屋、この荷物の量はなんでござるか?」
「なんか倉庫が一段と
連れ立ってやってきた『探し物屋』『本屋』が倉庫の中を見回した。数日前に比べ確実に圧迫感を覚える――奥の方で壁を築くかのように箱がいくつも積み上げられているのだ。
「ああ……『伯爵』が荷物を送りつけてきてな。こんな具合というわけだ」
「伯爵が、でござるか?」
「顔を見せたなりかね」
「宅配業者が持ってきたんだ。本人は来なかった――短い手紙が入ってたけどな。『親に捨てられそうになったから、しばらく預かっていてほしい』って」
「親は最大の敵でござるな。我々の宝物の価値を理解してくれないでござるよ」
「……見覚えのある箱があるなりね」
「
快傑令嬢リロットが着ている
「そんな大事なものを……それは捨てられてはたまらんでござるな」
「あとは、リロットちゃんを撮影した写真の
箱に手を触れかけた探し物屋を厳しくとがめる。そもそもがこれ以上はないというくらいに固く
「伯爵、なんか親ともめてるなりかね」
「親ともめるのは俺たちも同じだろ。この
それより『快傑令嬢記録・第一弾』の新しい表紙絵と挿絵が
「伯爵と会えなくなってまだ数日なのに、
「胸にぼっかりと穴が
「いたらいたで、いなかったらいなかったで、本当にうっとうしいおっさんだな、ははは」
悪意のない声でそういい――葬儀屋は振り返った。天井まで届くかのように積まれた、宝の山を。
「……早く引き取りに顔を出して欲しいぜ。倉庫が
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