「ニコルの行方、何処に」
少し
最後にこれに乗ってソフィアの家に駆けつけたのは何日前か、という考えが頭に浮かぶ余裕もなかった。ただ、今は一分、一秒すら惜しかった。
――ニコルが、さらわれた。
その事情を知りたいという気持ちが、リルルの心の全てを染め上げていた。
◇ ◇ ◇
「ニ……ニ、ニ、ニコルが……!」
ケンタウロスたちに数えてもいない数枚の
玄関もない家だ。
たった一歩で居間に
その若い警備騎士は見覚えのない顔だったが、全身を
「
「その子は、ニコルの双子の姉みたいなもんだよ」
警備騎士のリルルへの質問を
「事情を聞くに値する
「お……お
「お帰り、ソフィア。――フィルも来たのかい」
「はい」
ソフィアとフィルフィナが続けて家の中に入ってくる。もうあと一人入ってくるだけで
「――初めまして、私、リルル・ヴィン・フォーチュネットと申します……」
「フォーチュネット……ああ、フォーチュネット伯爵のお嬢様!」
貴族としては伯爵の位すら
「自分はラシェット・ヴィン・ストラートと申す者です。ニコル君の
「そ、それで、ニコルがさらわれたというのは……!」
「は……はい、自分は彼がさらわれた現場に
青年の体が直角に折れ曲がる。陰になっている顔が苦悩に
「どうかお顔を上げられて……それより、事情を、事情をお聞かせ下さい」
「は……はい……」
席を
「……金色の髪の、ダークエルフ……!?」
豊かに
「応接間に通した時は、確かに人間の……貴婦人に見えたのですが、
「…………」
フィルフィナの口の中でギリ、と歯ぎしりが鳴ったような音をリルルは聞いたような気がした。
「すぐに追おうとしたのですが、煙かなにかのように消えてしまい、足取りさえ確かでなく……自分が近くにいながら! お許しください!!」
「騎士様ともあろう方が、そんなバッタみたいにペコペコなさるもんじゃないよ」
腕を組み、目を閉じているローレルが冷静な語り口を聞かせる。
「ニ、ニコルは! ニコルはどうなるんですか! 息子は生きているんですか!」
「落ち着きな、ソフィア!」
老婆の
「わざわざ
「で、ですが、お
「いつもあたしに
初めてローレルが目を開け、テーブルの上に
反応もできず固まったローレルの足元で、床に落ちたポットが派手な音を立て
「……すまないね、割ってしまったね……」
床に
「あ……ありがとう、フィル……」
「ローレル。わたしがいるから大丈夫ですよ」
「あ……ああ……すまないね……」
ローレルの軽い体が椅子に落ちるように乗る。フィルフィナが破片を捨て、予備のポットを取り出してお茶の用意をし始めた。
「で……ですが!
「ストラート様、どうか……お顔をお上げになられて……」
実際のところ、手がかりは――全く、ない。
が、目の前で
「私、お父様にも頼んで、ニコルを探すお手伝いをします」
「フローレシア……」
「ニコルは私の
「え……ええ! 自分も、騎士団も全力を
フィルフィナが「お茶を」と
「……ソフィア、ローレル。私もニコルを探すわ」
「リ、リルル……無茶はしないでおくれ。あんたにもしものことがあったら、あたし、フォーチュネットの
「大丈夫よ! ……それに私、リロットとも知り合いなの! 彼女にも探してもらうわ!」
リルルが体を
「ニコルにも教えてるの。私とリロットは大の仲良し、心も通じ合う仲だって――彼女は必ずニコルを探して、見つけてくれる! だからソフィアもローレルも心配しないで待ってて!」
「リ、リルル!」
「フィル、二人の面倒を見てあげていて。私、リロットに会ってくるわ!」
「お嬢様!」
フィルフィナの声を振り切るようにしてリルルは外に飛び出す。家と家とが肩を並べるようにして建つ住宅街の、いくらでもある死角のひとつに入り込み、黒い腕輪を
それを叩く。赤いフレームのメガネが飛び出し、リルルの手に乗った。
「――そう。私とリロットは一心同体」
人気がないのを確かめ、メガネを顔にかける。途端に細い
「ニコル、待っていて! 私が――快傑令嬢リロットが、あなたを
大きく広がった白い
◇ ◇ ◇
そのニコルは、今、どことも知れない広く暗い室内の、今まで彼が見たこともないような
寝台の横に
たった一人が寝る部屋としては明らかに広すぎ、調度が行き届いた部屋。それを
少年を美しく
「リ……ル……ル……」
闇の中でさまよう心が少年の口から言葉に似た息を
「あら? 意識が戻ったのかしら?」
闇の暗さの中に溶け込むような深い蒼の肌、黒に近い焦げ茶色の服。二の腕と太ももが
「まだおねんねなのね。
少年のもののはずなのに、
「リ……ッ、ト……」
「リロット?」
全てが明確な音に区切られてはいなかったが、そう聞こえた。
「リロット――快傑令嬢とかいうあの娘の夢を見ているのね。あんな小娘が好みなのかしら」
体を離す。目を細め、ニコルの顔を眺めた。
「見れば見るほど、可愛い子……。あなたみたいな子を
毛布にくるまれるニコルの上から、
「正気のままに骨抜きにして、私がいないと生きていけないようするのも面白いわね……わかる? 正気のままに、正気でなくさされることの
小さく、そして尖った鼻を少年の鼻にそっと合わせた。
「おねだりをしてるのね? いいわ――ご
「――なによ、これ」
自分の唇に触れた感触に、ティターニャの目が細められた。静かな
ティターニャの唇はニコルの
「この子……まだ抵抗する意志があるの? それとも偶然?」
「まあ、いいわ。意識が戻れば操り人形同然よ。お楽しみはその後でもかまわない……ゆっくり楽しみましょうね――闇の中で」
ランプの
「おやすみなさい、私の可愛い騎士様」
ダークエルフの女の気配が扉の向こうに消えた時、ランプの光もまた消え失せて、部屋は完全な闇に覆われた。
一切のものが静かに沈黙を保ち続ける、部屋の中。
「…………リ……ルル……。――――リロ……ット……」
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