第06話「ニコルとリルルとリロットと」
「首飾りとベッドと短剣と」
満月を
「うう……眠い……」
色々ありすぎて気力の回復が追いついていない。
ほとんど本能で口の中に
◇ ◇ ◇
「お嬢様、夕食のお時間ですよ」
うつらうつらとしている目を開けきれない。このまま寝ていたいという意識が頭に重かった。
「またベッドの上を散らかして……おや?」
リルルが手に
「――これは、母の
「ふへ?」
一瞬、意味が理解できなかったリルルが首を
「母の首からこれが下がっているのを見たことがあります。……いや、しかしこれは確か……そうですよ、ゴーダム公爵に
「ゴーダム公……?」
「少し前、わたしの里と人間の間で不幸な
エルフのいう少し前、というのは何十年前のことを
「ゴーダム公爵家の家宝とする、という約束でしたが、どうしてこれをお嬢様が持っているのですか?」
「私……これをどこで手に入れたんだっけ?」
記憶の整理が追い付いていない。これは……。
「変なことばかり起きますね……先ほどニコル様にお会いしてきました。家の中で
「ニコルが……?」
何か大切なことを忘れている……なんだっけ?
「大事なものを色々と盗まれてしまった、というのを
「ニコル……昼間……表彰……」
「そういえば、ニコルと会ったんだわ……私……」
「え?」
窓のカーテンに手をかけていたフィルフィナの手が止まる。
「会われた……? どこで?」
「ヴォルテール家の屋敷。警備騎士としてニコルがいたの」
初耳だ、という顔をしてフィルフィナがリルルを見つめていた。
「
「それから?」
「もう、二年ぶりに見るニコルの顔だったから私、なにも考えられなくなって、ニコルに飛びついて、体当たりするみたいになっちゃって……」
フィルフィナの顔から
「ニコルが気絶しちゃって、その時にニコルの首にこれが掛かっていたから、なんとなく手に取っちゃって……」
「手に取っちゃって……」
「それでニコルが起きたから、
たら、とリルルの
顔を上げると、顔の全部から色が
「それで……私、ニコルの顔がもう目の前にあったんで、その、つい、その
「――お嬢様」
「は、はい?」
その短い呼びかけに
「気絶から目覚めたばかりで、抵抗できないニコル様に無理矢理キスをするなどという――その
「え、え――そ、そういうことになっちゃうの? なっちゃうのかな?」
「――返してらっしゃい!!」
「ひゃあああ!」
◇ ◇ ◇
「はあ……」
――深夜、ニコルの家。
警備の人員交替によってヴォルテール邸から退去することになり、早朝に警備騎士団において表彰を受けた――
本当なら捕縛できたのを、わざと見逃した――そんな秘密を同僚たちに話せるわけがない。
ただ、家族には別だった。
「――リロットを逃がしただって?」
当のリロットによって、
「……まあ、お前らしいケジメの付け方だね。わかってるね――リロットを捕まえるのは、仕方がない。仕事だからね。でも、決してあの子を傷つけるんじゃないよ。リロットはお前を傷付けはしないだろうしさ」
「……わかってるよ、
「いい覚悟だね。その言葉、胸に
捕まえるな、常に見逃せ――本心としてはそういいたい祖母の気持ちがわかったから、それでも
それと、失ってしまった首飾りの
「……おかしいよ、僕……」
強引に二度。口づけされた時から胸で気持ちがざわつき続けている。初めて受けた口づけ――幼いころのいたずらを計算にいれなければ――の感触を思い出す
「なんのいたずらかは知らないけれど、あんなの、ただ唇をくっつけられただけだ。それ以外に意味はないんだ。あるわけはないんだ……」
「また、
ざわつき続ける心を
ぐるぐると
意識が
「……う……ん……?」
大きく動くな、と本能が司令する。布団が動かないようにゆっくりと手を
頭をずらすことでほんの少し、布団を上げて外の視界を得る。道路に面している大きな窓。閉められている厚手のカーテンに、人の影の形が浮かんでいた。
家族は……母と祖母の気配は
カーテンに影を映した
眠っていると見せかけて侵入してきたところを制圧しよう。しかし、窓は
そんなことを予想していたニコルの目が、布団の中で見開かれた。
侵入者が、侵入してきた。
「――――!?」
思わず上げかけた声を、
そして、暗がりに
「おじゃま、します……」
少女の声に頭を
顔は……わからない。元々暗い上に、見た、と認識した瞬間から頭の中で印象が
――
「……よく寝てるみたい」
布団の中で動かない自分を見てそう判断したのか、快傑令嬢らしい――いや、そう
寝息の
「っ!」
ニコルは一気に布団を
視界を失った少女の背後に回り込み、腕を背中にねじり上げながら体を寝台に押し倒す。
わずか二秒半で少女の体が制圧され、枕に顔を押しつけられた少女はうめき声も
「動かないで」
彼女の体を仰向けにさせて馬乗りになる。抜いていた短剣を少女の首筋に押し当てながら、できるだけ
「大人しくするんだ。大人しくしていれば……」
「――大人しくしています」
少女の体から、あっさりと力が
「……大人しくしてるから……乱暴はしないで。抵抗しません。私、あなたのいうことをなんでも聞くから…………痛くしないで……」
「――――え」
ニコルの首が勝手に横を向く。部屋の
女性の首筋に短剣を突き付けながら、その腹の上に馬乗りになっているという
刃物を突き付けているニコルの方が、心に
「――――いや! そういうことじゃないんだ!」
「ニコル!?」
「ぃっ」
扉の向こうで母・ソフィアの声が聞こえた。ニコルが反射的に布団を
「なんかあったのかい!?」
ノックもなしに母の姿が飛び込んできた。手に持っているランプの青白い光が部屋を照らし出した。
「か――母さん、どうしたの?」
「水を飲みに台所に立ったら、お前の声がしたから、
ニコルに
少年の背中に腕を回す。ぎゅっと抱きしめる。
今まで感じたことのない、少年の臭い――
「ぃぃっ」
背中に走った肌を
「ニ、ニコル?」
「なんでもない! あ――ああ、寝言、寝言だよ! 変な夢を見ちゃって!」
「そうなのかい? ……このところのお前、色々あったから母さんも心配だよ。リルルにフラれて落ち込み、ロシュネールに死なれて……大丈夫なんだね?」
「うん、心配かけてゴメン。僕なら大丈夫だから――母さんも早く寝て! ね!」
「ああ……そうさせてもらうけれど」
「ああ、ランプはそこに置いていって! ちょっと細かい用事――そう、手紙! 手紙を書かなきゃいけないんだ! だから!」
「あ――ああ、わかったよ。あんまり
最後まで心配顔でいた母がランプを残して扉を閉め――その気配が向こうに消えて行ったのを確かめてから、ニコルは体を起こした。
「――なにをしに来たんだ、君は! 僕の家に!」
「ああぁ……」
腕を振り
魔法のメガネのために少女の表情を見ることができないニコルも、この少女が自分に
「――本当、なんなんだ、君は……」
手に持った短剣の存在にも馬鹿らしくなって、ニコルはそれを
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