「潜入、そして……」
リルルは、いや、薄桃色のドレスに身を包んだ快傑令嬢リロットは、フェーゲットの森の中をひた走っていた。
木々が立ち並ぶ密度が高く、まっすぐには走れない森。夜であるからして一面の闇だが、彼女がかける魔法のメガネはそんな真の闇の中でも物体や人の
森は広大で、深い。こんな場所に好き好んで住む人間はいないと思わせるほどに。
屋敷から
誰の目にも止まることなく一瞬でフェーゲットの森に移動を果たしたリルルだが、その森のいったいどこにヴォルテール家の屋敷があるのかは
「屋敷があるんだったら、細くても道があるはずよ。外周を
赤いハイヒールはリルルに常人の数倍の
「――コナス様、私、あなたが考えているような、そんな立派な理由で戦ってない」
走りながら、思う。闇の中で思考がまとまっていく。
意に
「――最初の
小さな村から、
命からがら
――
だから力を望み、フィルフィナから力を借り受け、勇気ひとつで無法と戦ったのだ。自分でも
少年の姉、同じような目に
「――それまで、ぼんやりと生きてきた私。自分が望まれていると実感できて、嬉しかった。その嬉しさが忘れられなくて、いろんな事件に首を突っ込んで来たのかも知れない。全て
快傑令嬢という
求められている、と実感した。
本当は全て、自分のためだけに戦ってきたのかも知れない。
自分は人を
「私、自分が何のために戦っているのか、それを考え直さないといけない。――それを考え直すために、あなたを助けさせて」
リルルは足を止めた。
灯りの列が横に五十メルトほどごとに並んでいる。――道がある、ということか。
「――警備騎士……?」
白い
「ヴォルテール家の警備に来たのかな……」
コナスが
「取りあえず、屋敷は……こっちの方か……」
◇ ◇ ◇
フィルフィナは秘密のアジトにいた。
一秒でも早くリルルの――いや、今は快傑令嬢となっている
「うかつでした……もっとお嬢様にきつく釘を差しておくべきでした……!」
アジトの一部屋、
もどかしい心地でメイド服の全部を脱ぎ捨てる。長い髪をひもで器用にまとめ上げ、頭の後ろで団子結びにすると、めったに人に見せることのない、エルフ特有の長い耳が
同じ色の
その耳にも
もう一つの引き出しを開けた。中には刀剣や銃器が
「……お嬢様は、ヴォルテール
フェーゲットの森に抜ける転移鏡の前に立つ。覚悟を決めて、その表面に手を乗せた。
「――お嬢様、
◇ ◇ ◇
森を深く分け入った――一カロメルトは入った所か、
そこだけが四角く切り取られたような、木々のない空間。少し離れてその屋敷を観察するリルルの目が――
「なに、これ……」
「まるで、城じゃない……!」
まともに屋敷に入ろうとすれば、
「これで男爵家の屋敷なの? 公爵様だってこんなのは持ってないわ……こんなものがこの森にあるなんて、
確か、この森の中に追放された家だといっていた――男爵家の財力などは知れているものだ。こんな、
深く広い水堀も高い塀も、リルルにとっては障害ではない。が、ことごとく
「……ここから
屋敷の上層を見る。明かりはついていない――当然か。人は空からはやってこないものだ。
そこから攻めるべきか、と覚悟を決めて、リルルは右手首の黒い腕輪を
◇ ◇ ◇
黒い腕輪の
壁は少し見ただけでは厚さがどれだけあるのかわからないのだ、気軽に使ってはいけない。フィルフィナがこの能力について説明してくれたのをリルルはよく覚えている。
尖塔は無人だった。ここから外を監視するには遠すぎる。監視の人員は塀の塔の方に割り振られているようだ。
人の気配がしないのを
「なんか、引き込まれている気がする……」
ヴォルテール家を調べに、とここに侵入したわけだが、具体的にどう調べようという計画がなかったことにいまさら気づく。屋敷に行ってみればなにかわかるだろうという、とんでもなくぼんやりとした発想で動いている自分の
なんだかんだで、自分は正面突破しか考えない。正面に入るために多少の
「フィルがいないと私、ダメね……」
階段を下りきり、
フィルフィナが帰って来るのを待てばよかった? いや、
「誰だ」
その声を聞いた瞬間、リルルの心が縦に
聞いたことのある声だった。――いや、忘れようもないはずの声だった。
そして同時に、
体より先に心が振り向いている。一秒の半分もかからないはずの動作だったが、心に体の動きが
ずっと、聞きたいと思っていた声。聞きたいことを忘れていた声。
そして。
――ここでは絶対に聞きたくなかった声であることを、リルルは思い出していた。
「――あなた!?」
リルルの叫び声と同時に、声の方向に青白い明かりが灯る。
廊下の闇を魔鉱石の光が払いのけ、ランプを持つ人間――男――少年の姿を浮かび上がらせた。
白い胸甲を胸につけ、肩からは赤いマントを羽織っている。
「君は――君のその姿は」
その声が耳を打つ度に、リルルの心が体から離れるのではないかという勢いで
「君が、快傑令嬢リロットなのか――」
「――ニコル!!」
湖面の青さを思わせる深い水色の光をたたえた瞳が、まっすぐにリルルを見ている。
写真ではなく、生きて目の前にいてくれるその姿に、リルルはそれ以上の言葉が出せなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます