「真実の証はただひとつ」

「僕たちに、なにか御用ごようかな?」


 日常で聞くのと同じ冷静な声で伯爵――コナスが問う。


「その手に握っているレイピアはどうやら真剣に見えるね。その手の物の持ち込みは禁止だったと聞いているけれど」

「真剣……!?」


 声を発したのはリルルだった。確かに目をらして見れば、コナスのいう通りだ。よく気づいたものだとリルルはおどろく。


 人でごった替えする大広場の中で奇妙きみょう円陣えんじんの空間ができていることに、他の群衆ぐんしゅうたちも気づいているようだったが――演武えんぶかなにかが始まるものと解釈かいしゃくしているのか、騒ぎ立てる者は一人としていない。


 コナスの問いは無言で流され、代わりに間合いが一歩められる。

 本能的にリルルはコナスの背中に自分の背中を合わせていた。コナスを背中のたてにするのと同じ行為だったが、一度に突き入れられれば背中を串刺くしざしにされる運命しかない。


「あなたたち、なんなのですか?」


 リルルのとがった声に返されたのは、閃光せんこうのような突きの一撃だった。


「っ!」


 手元で弾ける重い金属音と手応え、心臓をねらってり出されてきた切っ先を、神速の勢いで抜いたレイピアのやいばで受け流してらす。


「大丈夫かい! リルルちゃん!」


 コナスの声が飛ぶ――快傑令嬢の剣を受けたのはリルルだけではない。どこに隠し持っていたのかコナスの手には短いステッキがにぎられ、一人がみ込んで来た一撃を弾き落としていた。


「コナス様!」


 コナスに向かって他の二人が突き込んでくる。ステッキの両端りょうたん的確てきかくにレイピアを叩き、的確に急所を狙った突撃をことごとはばんでいた。


「僕にこのステッキを使わせたのは君たちが初めてだよ――なにせ、襲われたことなど一度もなかったからね!」


 かっこいいのか悪いのか微妙びみょう台詞せりふいてコナスが六人の刺客しかく牽制けんせいする。


「ふっ!」


 リルルが今度は前に出る。迎撃げいげきり出される三本のレイピアを一瞬で打ち落とし、そこからさらに踏み込――めない! 残りの三人が向けてくるレイピアの気配に本能が前進を断念だんねんさせていた。


 リルルがひるんだ所を狙うように突きが飛ぶ。それをかろうじてつばで受け止める――速い!


「リ、リルルちゃん、強いね!?」

「れ――令嬢のたしなみです! 習いました! 通信教育で!」

「その作り物のレイピアも丈夫だね!?」

「丈夫に作りました!!」


 防戦一方ではあるが、ただのステッキでレイピアの斬撃ざんげきをさばき続けるコナスも何らかの心得こころえはあるらしい。この間になんとかしなければ――あせるリルルのほとんど耳元で聞こえた声が、リルルの心臓を冷たくした。


「ぐっ!」


 背後で小さな悲鳴が上がる。振り返ると突きを防ぎそこねてコナスが腕をられたのか、二の腕を手でかばっているのが見えた。


「コナス様っ!?」

「か、かすり傷さ。僕は分厚いからね、これくらいは……」


 そうはいいながらも、手で押さえたそでが見る間に血で染まっていくのが見て取れる。リルルの背筋に冷たいものが走った――この快傑令嬢の姿をした十二人はかなりの手練てだれだ。それぞれが一通りの剣技を習得しているし、なによりも連携れんけいが取れている!


 この危機をしのぐとすれば、リルルが持つ快傑令嬢リロットとしての力を全力で出さねばならない。しかしそれは、万座まんざで自分が本物の快傑令嬢であると宣言せんげんする行為に他ならなく――。


「ど……どうすれば……!」


 コナスの腕が斬られ、本当に出血していることに気づいた周囲の人間がざわめき出す。しかし、まだ異変の真相にまでは到達しない。「おかしいな」という疑問が浮かぶまでで、まだこれが真に迫ったリアルな即興そっきょう剣劇けんげきであると誤解している人間たちがほとんどだ。


 じり、じり、と十二人の快傑令嬢たちがを詰める。円陣がちぢむ。十二人が必殺の射程しゃていにリルルたちをとらえれば、逃れようがない――!


「――――っ!?」


 人の脚の柱で隙間すきまもないはずの地面を転がってくるふたつの黒い球に、リルルは気づいた。見覚えがある色と人のこぶしくらいの大きさ、そして先端でチリチリと赤い炎をまばたかせているその球体――!


「目を閉じて、せて!」


 リルルの声に一拍いっぱくだけ遅れて、コナスはしたがった。

 袋が破裂するような破裂音が人々の鼓膜こまくを打つ。まぶたを貫通かんつうするような激しい青い光があふれて人々の目をくらまし、続いて濃密のうみつな黒煙がその一帯いったいにだけ夜を作る勢いでき出した。


「リルルちゃん!?」


 ばした自分の手も見えなくなった黒い煙の中でコナスが声を上げる。


「コナス様……コナス様ーっ!」


 リルルの声が遠ざかって行くのが耳でわかる――が、見えない!


「リルルちゃん、声を上げて!」


 ――リルルの声が遠ざかったのと反対の方向から、コナスの手をつかんでくる感触があった。闇から伸びてきたようなその手にコナスの背筋がはねる。しかし、優しいそのにぎり方にコナスは敵意を感じなかった。握られていてよい、と本能が思った。


「――しっかり、つかまっていて下さい!」

「っ!?」


 聞いたことがあるようで覚えのない声。知っているようで知らない声――その奇妙な声に従ってコナスは手を握り返す。自分よりも小さな手の感触だったが確かな力強さがあった。

 味方だ、と素直に感じられ――次に自分の両足が地面から離れたことに、その思いの全てが吹き飛んだ。


「うわああぁぁぁぁぁ――――ッ!?」


 階段をけ上がる速度で体が上へ上へと上がって行くのがわかる。数秒とたずに濃密のうみつな黒煙の結界を抜け出し、コナスは大広場とそれを取り囲む色とりどりの大型天幕の全てを足の下にしていた。


 二十メルトほどの高度は、高層建築物に上がることで日常で感じることもよくある高さだ。が、地に足がついていないという状況じょうきょうは、実際の高さの二倍も三倍もそれを迫力のあるものと思わせてくれる。


 その丸い目をいっぱいに見開いてはるかな地上を見下ろしていたコナスが視線を向け直す。自分の手を引いて空を飛んでいる人物にえる。

 ――瞬間、コナスの心臓が大きく波打った。


「君は……君が!」


 コナスの手を引き、もう片方の手で白いかさを持つ少女――薄桃色のドレスに身を包み、一輪の大きな薔薇バラかたどった帽子ぼうしかぶったその姿。

 いや、そんな格好かっこうをした人間は真下に大勢いる。その一人に腕を斬られたのだ。


 だが、決定的なちがいがあった。

 顔が――顔が見えない。

 いや、見えてはいる、いるが、覚えられない!


 もちろんコナスはそれを知っている。快傑令嬢リロットの顔を覚えられるものはいない。

 そう。

 本物・・の快傑令嬢ならば!


「君が――君が、本物の快傑令嬢、リロットなのかい!?」

「――だまっていて! したみますよ!」


 真っ黄色の大型天幕テントのてっぺんにコナスが下ろされる。ハンモックのように二人の体を帆布はんぷが支えた。


「お怪我は、大丈夫ですか!」

「あ、ああ、腕を押さえておけば――。し、しかし、本物が、本物が来てくれるなんて――」


 女神が目の前に降臨こうりんしたかのような、洗われきったとしかいいようのない感動の面持おももちでコナスが語りかける――が、その恍惚こうこつとした表情はすぐに吹き飛んだ。


「いや、僕の、僕のことなんかはどうでもいいんだ! リロット――リルルちゃんを、僕の隣にいた女の子をお願いするよ。彼女を守ってくれ。あの子に傷の一つでもついたら、僕はあの子にどうびたらいいか!」

「……あなたの側にいた少女は、一足先に私が保護ほごしました。きっと今頃安全な場所に・・・・・・いることでしょう」

「本当かい!? 怪我の一つもなかったかい!?」

「ええ、大丈夫ですよ――それより」


 リルルは奇妙きみょうな想いを抱きながら立ち上がった。自分のことを気遣きづかおうとするコナスの心根こころねが単純に嬉しかった。恋愛対象にはならないとは割りきっていたが、人間としては尊敬そんけいしたい、そんな気持ちにさえ――。


「……ここから落ちないように気をつけて。私は行きます」

「ああ、リロット!」


 背中の声を振り切ってリルルは前に出る。天幕の外周を支えている木の上に立ち、大広場を見下ろした。


 今の今まで斬り合いをしていたマスク姿の快傑令嬢たちがその手にしているのが、血糊ちのりのついた真剣であると気づいた観客が悲鳴を上げる――が、人混みにはばまれて逃げるに逃げられないのが見て取れる。


 無差別に人を斬るわけでもないらしいその十二人の偽快傑令嬢たち。黄色い大型天幕の上に姿を見せた邪魔者の姿に全員がけ寄ってくる。きらめく白刃はくじん禍々まがまがしさに人々が悲鳴を上げて道を開いていた。


「貴様……我々の邪魔をするか!」


 偽快傑令嬢の一人が叫ぶ。


「――私の姿をよそおい、罪なき人々を傷つけようなどという蛮行ばんこうを、見逃しておけるはずがありません!」


 リルルがスカートを膨らませて飛び降りる。落下の途中でムチを振り上げ、その先端を天幕の骨組みにからませて減速する。

 赤いハイヒールが土の地面をみ、砂埃すなぼこりうすく舞った。


「人々が心から楽しむもよおしを血でけがすなど、言語道断ごんごどうだん! あなたたちがその愚行ぐこうチリほどもじぬというのなら、その罪――私がつぐなわせてあげましょう!」


 背筋をばしながら片足を引き、優雅ゆうがにスカートを広げて一礼するその華麗かれいなカーテシーの様に、本物の気配を感じて十二人の偽快傑令嬢たちがたじろいだ。本物の貫禄かんろくおびえたのかも知れない――まさか、この偽物だらけの会場に本物がいようとは思ってもいなかっただろうから!


「あ……相手は一人だ! 殺してしまえ! そのあとで上のベクトラル伯をるぞ!」

「一斉に突き掛かれ!」


 リルルを扇状おうぎじょうに包囲し、レイピアの先端をきばのように向けた十二人が間合いをめにかかる。それをまた遠巻きに取り囲むようになった群衆ぐんしゅうがある意味、ここに即席そくせき闘技場とうぎじょうを形成していた――太古に存在した、人の命が失われるのが当たり前のコロッセウムだ。


「争いも暴力も私の好まぬところですが――仕方がありません! いってもわかってもらえないなら、体にわかってもらうまでです!!」


 リルルはにこりと笑みをその口のに乗せ、大きく腕を振り指をパチンと鳴らしてみせた――まるで魔法の様に、人の頭ほどの大きさの大きな黒い球がその手に現れている!


 説明されなくてもそれがなにであるかをさとった偽快傑令嬢たちがすくむ。勢いよく駆け出そうとした足がつまずくように止まった。


「ふふふふ……この黒い球がなにが、わかりますか?」

「そ……そ、それは――」


 短い導火線どうかせんに火がすでについている。もう起爆まで数秒――その大きさの爆弾がどれほどの威力いりょく発揮はっきするかを想像し、マスクをしていてもその顔が色を失うのが手に取るようにわかった。


「この球は――導火線がついた、ただのマリです!」


 リルルの腕が旋風を生む勢いで回転する。いつの間にかにぎられていたムチが空気を切り裂く音を響かせ、百八十度の軌跡きせきを描いて十二人の全員を打ちえた。

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