「印刷実演と個人同好会」
埋め立て地は人の波であふれていた。
平時では、せいぜい
「リロットちゃんは向こうでござるな。
「我が
「なるべく見つかりやすいところにいるから、声を出して呼んでくれな」
「は、はい……」
「リロットちゃん、迷わないようにね」
女性専用の着替え用天幕――やはり
天幕は
「これじゃあ、一時間かかっても着替えなんかできないなぁ……」
その時間で天幕にたどりつき、手にしているこの衣装に着替えて出口から出るとすれば、どれだけの時間がかかるのか。
本物のリロットの衣装なら、それこそ一瞬で――。
「――そうだ!」
◇ ◇ ◇
「あれれ、リロットちゃん、早かったねぇ?」
大方の予想を完全に裏切って早くも合流したリルルの姿に、同好会の四人は
「意外に時間がかからないものでござるな」
「しかし、すごい
快傑令嬢リロットに
口の
「ああ、これが本物の快傑令嬢リロットといわれても、俺は
「あははは……」
リルルは苦笑する――当然だ、メガネ以外は本物のリロットの衣装なのだから。
「午前中はいろんな天幕を見て回ろうか」
伯爵の
「ここでは、どんな出し物が出ているんですか?」
「この天幕では、エルカリナ王国が
広い天幕の中は大きく四つに
「それでは午前最初の部です。ただいまより、
身長、というより体高二メルト半の体。人間の女性型の上半身を青いスーツに包み、メガネをかけて理知的な印象を周囲に振りまいている若い亜人だった。
「ただいまよりこの円筒に、この
案内役の女性が広げて見せたのは、新聞紙大の
「あれを今から印刷するのですか?」
「我が輩はこういうことに詳しいなりが、なかなかすごいなりよ。ものの数分で準備を整えるなり」
「す、数分――?」
あの円筒に彫刻をするというが、原稿の文字だけで何千字あるというのか。それをものの数分とか、どうやって――。
本屋の言葉に目を丸くしていたリルルの目が、開始された実演にさらに丸くなった。
手渡された原稿に目を通しきったアラクネの腹部が開いたかと思うと、そこから無数の
小指の爪のくらいの大きさしかないその小蜘蛛の
「うわ」
数百匹の小蜘蛛たちがざわざわと
そのあまりに小さい蜘蛛が
八本の脚を動かして前進したアラクネがその円筒を抱え、後ろに設置されているいくつもの円筒を組み合わせた機械に、それを
これも巨大な円筒に巻かれた紙が機械の端に
紙の先端がコンベアのベルトに固定され――機械が、回り出した。
全ての円筒がそれぞれに回転を始め、紙が前進し先ほど彫刻された円筒に巻き込まれていく。その円筒に紙が
一秒で新聞紙一枚分の文字と
印刷して裁断、印刷して裁断、の
「これが新聞の印刷工程です――みなさん、できたての新聞の
まだ紙に熱が残った新聞紙が観客に配られていき、リルルたちもそれを一部ずつ手渡された――配っている案内人がリルルの姿を見て少し複雑そうな顔をする。
それに首を傾げたリルルは次の瞬間、その理由がわかりすぎるほどにわかった。
実演として
◇ ◇ ◇
「いやあ、僕たちがいつも読んでいる新聞はああやって印刷されているんだねぇ」
アラクネが
「本当は、もう一個裏面用の円筒版を
「真夜中に起こった事件も、ものの数時間で号外が出るわけでござるな」
「まあ、あれは印刷の工程だけで、事件を取材したり印刷した新聞を
「大変面白かったです!」
お
「私、今まで新聞があんな風に刷られているなんて想像もしていませんでした!」
「リロットちゃんに喜んでもらえれば光栄だよ。
「あ、あの天幕、行列ができていますね! 向こうにはなにがあるんですか!?」
真っ黄色のド派手な大型天幕。まさに
「あれは個人
「僕たちみたいな個人で本を刷って出したりしてるんだねぇ」
「俺も今回は同人誌出したかった……」
絵専門の
「半年後があるでござるよ。
「今から並ぶと何時間待ちなのかな?
「行きましょう!」
すっかりはしゃいだリルルが先頭に立った。大きく開いたドレスの背中からのぞけるリルルの肌の色を、快傑令嬢リロット同好会の男連中たちは鼻の下を
「わ」
天幕の中は人の体温と
「おい、俺たちのリロットちゃんを
「了解だよ」
「拙者たち
万が一にも、リルルの体に
無数の
「みなさん、自分で書かれた小説なんかを売っているのですか?」
「頒布なりよ。売っているのではないなり」
「お金をもらって本を渡すでござるな」
「……それは売っているというのではないのですか?」
リルルの疑問に答える者はいなかった。
「お、今回も壁
「壁同好会?」
「あんまりに本を欲しがる人数が多いから、行列をさばきやすくするために壁際に回されているでござるよ」
「『緑の杜』って、三年前から壁を
「あの行列の大半がそこの同好会のものなのかい? すごいねぇ」
「ア・ラーキンと名乗る
天幕の外周を半分ぐるりと取り巻いている、横五人の列のならびにリルルは目をやった。そのほとんどが少女たちだ。王都エルカリナの若い女の子が全員そこにいるといわれても信じられるほどの人数が、
列に並ばなければ、その終点はすぐに見ることができるようだ。女の子たちの黄色く弾む声を聞きながらリルルはその列に
「ア・ラーキン先生!
「はいはい」
女の子の壁の向こう、
リルルに見えるのは、長テーブルに山かと見まごうほどに積まれた本の山と、その後ろにあるこれも山と積まれている箱、箱、箱。
本の一冊を求めるためにこれほどの女の子たちが並んでいるのだろうか。できればその本を読んでみたいし、せめてその主催者の顔をリルルは一目でも見たくなった。
「あら、あなたたち、去年も二人で来てくれましたよね?」
「そうです! すごい! ラーキン先生、よく覚えていますね!」
感激しかないといったはしゃぐ声。列の向こうで――女の子たちの頭しか見えない。
「わたしの
「先生、雑誌の記事読みました! 先生の本名が出ていましたよね!」
「ああ、あれは編集の手違いで――
「そちらのお名前もとっても
「とっても照れくさいですが、いいですよ、どうぞ」
「ありがとうございます! では――」
その声は
「フィルフィナ先生!」
リルルの足が床を見事に
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