「回想――戦慄の二十四時間」
翌日、フィルフィナは早朝からフォーチュネット
結局、コナスに――正確にはコナスのメイドたちにリルルが屋敷の中に連れ去られ、夕方はおろか深夜になってもリルルは帰宅しなかったのだ。もちろん、この時間になっても帰ってこない。
ベクトラル伯邸で一泊したくらいしか思いつかない。午前のうちに行われた面会式、いくらなんでもその日のうちには解放されるだろうと思っていたが、期待は見事に裏切られたようだ。
朝焼けの
リルルを乗せた馬車がフォーチュネット邸にやってきたのは、正午の気配が
「お嬢様?」
馬車からよろよろと降りてきたリルルが数歩歩いたかと思うと、その場でポテ、と
「ああ、お嬢様!」
倒れたまま、自分で起き上がることもできず動けなくなっているリルルの元に、フィルフィナが箒を捨てて駆け寄った。その体を抱き起こす。完全に色を失っているリルルの顔が表情もなくしていた。目の下の
「お嬢様、しっかり、お気を確かに!」
「ううう……」
「さあ、お屋敷にお連れしますから!」
リルルに肩を貸し、フィルフィナは全く歩いていないリルルの体をかつぐようにして玄関までの庭を引きずった。
「ああ……これも貴族社会の宿命とはいえ、なんという
仕える主人の身に降りかかった
「お嬢様、口は、口は
「ま……真夜中まで……もう、ほとんど一晩中
意識はあるようだ。
「あああああ! もう、本当に
リルルと体を密着させているフィルフィナが
「――お風呂に入った
くんくんくん、と犬のように匂いを
「……ホテルを出た時と、匂いが変わってない?」
いや、それはあり得ない、
「なにもされてない……?」
「……コナス様には……指一本、触れられて、ないわ……」
「……はい?」
フィルフィナの顔に、巨大な
「お嬢様、なにがあったのですか?」
「あ……あったというか、なかったというか……」
リルルの自室に主人を運び込み、その体を
ようやく心から安心できる場所にたどりつき、リルルは体が布団に沈み込む感覚に
それでも、自分がどういう恐怖に直面させられたのかは伝えておかなければならないと思ったようだ。震え、閉じようと下りてくるまぶたの重みに耐えながら、
「それが……フィル……」
――リルルが語ったのは、ベクトラル伯邸での、
◇ ◇ ◇
ベクトラル伯邸内に連れ込まれたリルルは、密着してくるメイド
「や……やめて……放して……」
「こちらでございますから」
やがて、一つの部屋にリルルは連れ込まれる。
「コ、コナス様! いくらなんでも、あまりに
コナスが振り向く――その顔に満面の笑みが浮いていた。期待に満ちている顔だ。リルルの背筋が凍る――なにを期待されているのかは大まかの想像がついた。
「
少女の心臓が、数瞬、止まった。
「ま、まだ、正式に婚約は成立してはいません! なのに――なのに、これは有り得ません! おやめください! ああ……あなたたち! 私の服に手をかけないで!」
メイドたちがまるで機械かなにかのように、無機質にリルルの服に手を掛けてボタンを外し始める。肩と腕を固定されてリルルは抵抗もできない――あの黒い腕輪さえあれば、この場で快傑令嬢に変身して逃れられるのに!
感心するほどに
「わ、私も、
「コナス様なら、退出なさいました」
「……はへ?」
ばたん、と入って来た扉が閉まる。それを合図にしたかのように、広い仕切りのカーテンがシャッと音を立てて引かれ、扉も見えなくなった。
「この場には、殿方はいらっしゃいません」
「え? あ、あれ」
確かに、この部屋にいるのはリルルとメイドたちだけだ。他に誰もいなかった。
何故、席を外す必要があるのか? 自分が裸にされるのをニヤニヤと眺めているつもりではなかったのか?
そんな理解が追いつかないリルルを、それが日常の作業であるかのように全ての布をいつの間にか
「それでは、失礼いたします」
メイドの一人が
まるでそれが命を刈り取るもののように思えて、リルルの
◇ ◇ ◇
「お待たせしました」
一連の作業が終わったらしく、体に大きなタオルを
「終わったか! け、け、結果は」
「はい。我々メイド一同、
「そんな言い回しはいい。け、結果だ。どうだった」
「――
「よぉぉぉぉぉぉぉぉし!!」
地響きがするほどに床を踏み鳴らす音が、扉越しに聞こえてくる。
「ヒィリー! 僕は、僕はついに運命を手に入れたぞ!!」
「おめでとうございます!」
「な――なにをしている、早く、早くあの『
「はい、ただいま!」
「『道具』も一式だぞ! 忘れるな!」
「かしこまりました!」
試製四号? なんだそれは?
思考力の一割も働いていないリルルの耳に、扉が開く音が聞こえた。入ってくる足音は一人分だけ――歩調からしてメイドのものらしい。リルルの頭はもうそんな情報しか
「リルル様、お待たせいたしました」
廊下でコナスと話していたメイドだ。ヒィリーとかいう名前だったような……。
「わ……私……いったい、なにをさせられるの?」
寝室に無理矢理連れ込まれることはなさそうだ――そんな確信はあったが、また
そして、今。
その疑問について、今、明快な答えが
「リルル様には、これからある『
「い……衣装……」
だから自分はこんな
というか、問題は……。
「な……なにを、私は着けさせられるの……?」
「ふふふふ……」
背後にいたメイドが
「ふふふ……」
「ふふふふふ……」
小さな笑いはさざ波のように広がり、かしこまっているメイドたちの薄笑いの真ん中でリルルは震えた。
「きっと――
「ひぅっ」
この部屋を飛び出して逃げたかったが、下着姿でタオルを羽織っただけの姿で廊下に飛び出す勇気もない。おそらくドアの外ではあのコナスが待ち構えているだろう。
リルルがまごついている間にメイドの二人が部屋の
中からいったいなにが出てくるのか。見るだけでも
「では――ご覧ください」
メイドの二人が蓋に手を掛け、それを開ける。
その中から現れたものの姿を見――リルルの心がまるで、ガラスを金属で引っかいたような音を上げて盛大に
「あああああああああああああああああああああああああ!!」
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