「単眼(ひとつめ)が少女の恐怖を呼ぶ」
「……か……傘……?」
見覚えがないものではない。天井を破って空から下りてきたあの娘が差していた傘。放り投げられたはずのその傘が、今、どうして自分たちの方を向いて開いているのか。
その疑問を探ろうとする間もなく、さらに吹き付けてきた風に煙はますます取り払われ――その薄くなったヴェールの向こうで、一人のドレス姿の人影が
「――とても派手なご歓迎、ありがとうございました!」
六十発以上の銃撃にさらされたはずの少女が、唱うような
拳銃の命中精度からして半分以上が外れたとしても、残りの弾丸は少女を直撃していたはずだ。しかし、少女の口ぶりには一片の苦痛さえない。自分の演技を楽しみ、酔う余裕さえあった。
「私の前にはそんな銃弾の雨など、真夏の夕立と同じようなものなのですよ!」
「く……くそう!」
片方の拳銃に弾を残していた一人が発砲した。同時にムチがしなる。男とリルルとの間で、激しい火花が明るい光を発した。
「ひぃぃっ!」
跳ね返された弾丸がそれを撃った男の足元に着弾した。腰を抜かした男がその場に尻餅をつく。
「お……お前ら! なにをしているね! 早く、早く撃たないね!」
工場長が喚くが、戸惑うだけで誰一人として発砲するものはいない。予備の弾丸を支給されていなかったからだ。
「
「ええい! その娘をやっつけるね! やっつけた者には報酬を五十万エル――いや百万、二百万出すね!」
弾丸を傘とムチで弾き返した快傑令嬢リロットを前に
この工場で夜中働いている連中のほとんどが、すねに傷ある真っ当とはいえない連中なのだ。暴力に対しての抵抗感が薄い。
「かかれ! 大人数で押しつぶせ!」
「――警告はしました! 容赦はしません!」
恐怖を打ち消すための雄叫びを上げ、ナイフを振りかざした男の一人が真正面からリルルに向かって跳びかかる。ムチを振るうまでもない。
目にも止まらぬ速度でリルルの足が前に向かってのびた。ハイヒールの鋭い針のような
「こ……こいつ、ムチだけじゃないのか!」
「囲むんだ! 囲んで押し包むんだよ!」
一人の指示に従い、十人ほどの男たちがリルルを遠巻きに包囲する。間合いはまだ遠い――誰かが動けば、一斉に包囲の輪を閉じて飛びかかる好機をうかがう。
「――お前ら、同時にかかるぞ! いち、にの――」
「さんっ!」
それを叫んだのはリルル本人だった。
ハイヒールの踵だけで立ち、それを中心軸にした大渦を巻くようにしてその場で大回転し――しなってのびたムチが、形ある旋風となって千八十度の角度を吹き抜けた。
「ぎえっ!」「ぐあぁっ!?」「づぅぅっ!!」
一瞬にして三度もムチで打たれた男たちが、嵐のような猛打を浴びてその場に
緩やかに回転を止めたリルルが、名演技を披露した舞台女優のように両腕を広げ、満面の笑みを浮かべてその場で一礼する。
「わあ……ああ、あああっ!!」
男の一人が足元にナイフを投げ捨てた。そのまま肩を
「お前ら! 逃げるんじゃないね! 給料払わないね!」
工場長が叫ぶが、はした金のために大ケガをしたい馬鹿もいない。その叫びに足を止める者は一人もいなかった。
「――残るは貴方たちだけですね! 観念なさい!」
「ふん……! これくらいで観念していたら何事も
「アレを出すつもりか?」
仮面の男の不安げな声に、頬をけいれんさせて無理に笑っている工場長がうなずいた。
「そう……このために大枚はたいて飼ってるからね!」
工場長が背中を見せて駆け出す。人の身長の二倍はある背の高い扉に駆け寄った。
「――出てくるね! お仕事の時間ね!」
「何をしようというの――――お!?」
工場長に飛びかかろうとしたリルルの足が、止まった。
薄桃色の少女が思わずすくんでいた――
「な……な……な……!?」
リルルの視線が上に向く――そうしなければ、そいつの顔を見ることができなかったからだ!
開けられた扉から、そいつは少し首をすくめるようにして出て来て――扉の枠にその
「ふふふ……驚いたようね!」
裸足の足が地面に着く度に小さな地響きが起こり、鋭くのびた爪が文字通りの
巨人が、一歩一歩、ゆっくりと前進していく。近づかれるたびに、リルルの足が無意識に退く。
威圧感が肌に塊としてぶつかってくる、今までに感じたことのない
人型の生物だ。――が、ただの人型の生物ではない。
空気で膨らんでいるようにしか見えない、しかし決してそうではないだろうという、
それ以上に目を引かれるもの。それは――普通なら二つあるはずの目が、一つしかない!
顔面の真ん中に
リルルも、そいつが何と呼ばれているか知っている――
「ククク……小娘が……!」
―身長三メルトを優に超えて四メルトに届くかという巨大なサイクロプスが、その目、その口に
「なんだ……チビでやせっぽちだな、食い出はなさそうだ……」
「に……人間を食べるですって!?」
「俺はお前みたいな若い女が大好きなんだ。肉が
声が発せられる度に空気がリルルの体にぶつかってくる。
「その軟らかい肉をより軟らかく食べるには、どうしたらいいか知ってるか?」
「どう……って……!?」
聞きたくもない。しかし、耳を塞げないリルルに対し、そいつは本当に親切すぎる調子でいっていた。
「生きたまま食うんだよ! 死んだら硬くなるからな!」
リルルの肌の全部が一気に汗を噴き、瞬時に冷えたそれが体を凍えさせた。背骨からキン! と鳴るようなすさまじい
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