私のお爺ちゃんはプレイボーイ

コール・キャット/Call-Cat

私のお爺ちゃんはプレイボーイ


‐1‐

 私のお爺ちゃんはプレイボーイだ。

 ここ最近なんてまるで日課のように女の人の元へ足しげく通う始末である。

 呆れたことに年甲斐もなくスーツなんか着てめかしこんでは行きつけの店で赤い薔薇の花を一輪買ったりなんかして、見ているこっちが恥ずかしい。

 そんな私の心中など知りもせず、今日もお爺ちゃんは女の人の元へ行く。

 今日は長い黒髪のひと

「こんにちは」

 そう言ってにこやかな笑みを浮かべるお爺ちゃんは手に持った薔薇の花をなんの気負いもなく差し出して見せる。

「まぁ、綺麗な花だこと」

 つられて笑う女性にお爺ちゃんは一層笑みを深くして長々と世間話に花を咲かせる。




‐2‐

 今日はくりっとした瞳が愛らしいひと

「花も恥じらう貴女の瞳に」

 そう言ってお爺ちゃんはキザッたらしくウィンクを一つ。まるで映画かなんかのワンシーンのような姿に私はすっかり飲みなれてしまった微糖のコーヒーに眉を顰める。

「誰にでもそう言っているんじゃないの?」

 満更でもなさそうなその女性は薔薇のように頬を染めていた。




‐3‐

 今日はよく笑うひと

「君の笑顔はまるで太陽だね」

 そう言って空高く輝く太陽を見上げるお爺ちゃんに相手もつられて顔を上げる。

 でもその視線は空なんかじゃなくお爺ちゃんに向けられていて。

「なら私を見つめる貴方はひまわりかしら?」

 からんころんと鈴のような声で笑っていた。

 確かに太陽のようだ、と私はお爺ちゃんと同じ感想を抱いていた。




‐4‐

 今日は冬の新雪みたいに色白なひと

「寒くはありませんか? よければ、御手をどうぞ」

 白魚のようなその人の手を、指を。絡めるようにして握りしめるお爺ちゃんに女性は戸惑ったように、でも決して嫌ではなさそうな手つきで優しく握り返していた。

 その手が次第に朱を帯びてきたのはお爺ちゃんの手の温もりが伝わったからか、それとも別の理由なのかは、私には分からない。




‐5‐

 今日は寝たきりのひと

 お爺ちゃんは何も言わずただただ静かにその人の手を握りしめていた。

 どこか枯れ木を思わせるお爺ちゃんの細い指はまるで母親の手を離すまいとする幼い子供のように必死で、何かを祈るようだった。

 そんなお爺ちゃんを見ていられなくて私はいつしかお爺ちゃんの背中を追いかけるのをやめていた。

 そしていつからだろうか、気付けばお爺ちゃんは家に籠るようになっていた。

 そんな日が次の日も、その次の日も、さらにその次の日も続いた。

 明日の明日。そのまた明日の、遠い遠い明日の果てまで──




‐6‐




 ──そんなある日。お爺ちゃんは一輪の薔薇を手にしていた。




‐7‐

 今日は最愛のひと

 長い黒髪で。

 くりっとした瞳が愛らしく。

 よく笑って。

 冬の新雪みたいに色白で。

 最期の日までお爺ちゃんが愛した人。

 私も大好きだった、お婆ちゃん。

「わしもいずれそっちに行くから、少しだけ待っていてくれ」

 どこか寂し気に呟きながらお婆ちゃんの眠るお墓に一輪の薔薇を添えていく。

 365を超えて、でも1000は越えなかった薔薇の花を。

 やっぱり私のお爺ちゃんはプレイボーイだった。


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