第34話 役者が違う
「まだ崎さんとは出会ったばかりで、そ、そんな関係ではないです」
「あら、そんな関係って、どんな関係かしら?」
「彼氏とか彼女とかの関係ってことです」
「男と女の関係って事?」
「そうです! だからさっきも言った通り、チャチャッと用を済ませたらすぐに帰らせてもらいますから、娘さんの事はどうかご心配なく」
「あら、心配なんてしてないわ。あの子が選んだ男性なら母として全面的に応援するから」
「だからまだ選ばれてもいませんって……!」
「ホントかしら? 君ってたぶん崎の好みだと思うんだけどなあ……」
「違います、違いますよ。彼女には本命の男子が他にいますから……あっ……」
しまった。
思わず出雲のことを口走るところだった。
このことは崎からきつく口止めされてたんだった。
「今は詳しくは言えないんですが……た、多分僕はただのクラスメイトで、男友達レベルであって……そういうことです」
「あれ~、明らかに挙動不審で落ち着かないわよ、伊勢万代くん……だったかしら? でも、人嫌いで変わり者の崎が男の子を自分の部屋に招き入れる程度には、あなたに興味を持てるってことよね」
自分の娘を変わり者呼ばわりする親ってどうなんだろう……。
天下無双マミーはグイッと顔を近づけて僕の顔を舐めまわす。
どうやら敵はロングレンジ攻撃から白兵戦に持ち込もうとしてるようです!
「さっきも言ったと思うけど、わたしの娘――崎は結構お買い得よ」
それって、母親の発言として如何なものかと……。
「お買い得って……ひとを物みたいに扱うのは……」
「ああ見えて私に似て尽くすタイプだと思うし、何よりあれほど高スペックなボディーを備えた女子高生はそうお目にかかれるものでもないわ。それはあなたも十分承知してると思うのだけれどな……」
天下無双マミーの視線が再び僕の下半身に注がれる。
もちろん、スーパーミドル級の相棒に変化は無い……、現時点では。
ああ、この崎のお母さん苦手だわ~。しかも、と――っても面倒くさいタイプの女《ひと》だ……。
「ちょっと理論が先走る傾向にあるのは問題ありだけど、根は優しくていい娘よ。今どき珍しいくらい異性に関しては一途なところなんて、お嫁さんにするならもってこいだと思うんだけど」
「はあ……、おっしゃることはなんとなく分かるんですが、僕らは学生の身分ですし、まだ恋愛とかちょっと早いかな……って」
崎ママの暴走はなおも続く。
「だったら、私を選んでくれても結構なのよ~。歳なんて気にしないで、私が三十の時は、君が十六。私が三十一の時は君が二十歳。私が三十二の時は君が二十四、私が三十三の時は君が二十八、私が三十四の時は君が三十二、私が三十五の時は君が三十六……ほらあっという間に追いついた!」
「ちょっと待ってください、計算合わなくないですか?」
「えええっ、そんなことないと思うけどなあ」
崎ママには少しも悪びれた様子がない。
僕は、なんとも言えないいや~な感じの汗が背中を伝って流れる感覚がした。
「そうそう、崎に新しい家族をプレゼントするのもいいかも。弟か妹を作るのを手伝ってくれないかしら? うふっ」
なにが、うふっ……っだ!
しかし、これまでの無双マミーの言動を鑑みると、何故か全否定できない僕がいるのも事実。
「旦那は長期出張や転勤でほとんど家にいなし、帰ってきたら返ってきたで干物みたいにグダ~っとして覇気が感じられなくってね、私の相手どころじゃないみたいなの。そろそろ若くて生きのいいエキスを思いっきり吸って、若いころの溌溂とした時代を取り戻したいと思ってたのよ」
クラスメイトの母親(確定?!)であるにも関わらず、妖艶な大人の女性を前に心が靡いてしまっている自分に呆れかえった。
「そしたら、おあつらえ向きに向こうからその餌……おっと失礼、若いオトコがやって来るなんて!」
もうだめだ。伊勢万代としての主体・自我が崩壊寸前です!
「そうだ。ちょうどお風呂も沸いてるし、汗を流してからにするぅ? それともお互いの体臭を嗅ぎながら、獣になった気分でってのもお薦めよ。むしろそっちの方が興奮するタイプだったりするのかしら?」
「あわわわわわわ……」
「な~んてね。かわいい娘の彼氏を取って食おうなどと、妙な事は考えておらんから安心せい、若者よ!」
いえいえ、むしろ今にもこちらから襲い掛かりそうな衝動を抑えきれそうにないんですが……。
すると、助け舟が絶妙のタイミングで階段の上からやってきた。
一度、二階まで登り切った崎が階段をとことこ降りてきて、僕の手を引く。
「もう、お母さんいい加減にしてあげて、困ってでしょ伊勢くん」
「あら、自己紹介がまだだったわ。私、都《みやこ》って言うのよ、ちなみに今の旦那と結婚する以前の旧姓は京野、京野都よ」
春山桃子(はるやま ももこ)とか、庭野桜(にわの さくら)、大木茂(おおき しげる)、寺門数珠(てらかど すず)、岩山登(いわやま のぼる)、牛山メイ子(うしやま めいこ)の系譜か……。
話が脇に逸れてしまった。
「今度からミヤミヤって呼んでいいからね、彼氏~」
天下無双マミーは『彼氏~』のイントネーションを『→↓→』と、やや鼻にかかった声で別れを惜しむように締めくくった。
もしかして投げキッスでもしていたかもしれない。
崎は放心状態の俺の手を引いて二階に引きずり上げてくれた。
僕には、振り返って崎ママの姿を確認するほど、メンタルが強くは無かったし、一刻も早くこの場を立ち去りたい一心で崎の行為に従った。
崎が、階下の母親に向かって注文をつける。
「それと、飲み物とか! お菓子とか! 一切いらないから、分かった!?」
さらに語気を強めると、
「それから、弟とか妹は必要ないから!」
「はあ~い、二人だけのしっぽりとした楽しいひと時を! あと、多少の淫らな行為は母親公認よ!」
「……」
「……」
さすがの崎も、反論をあきらめたのか無言だ。
いやあ、危ないところだった。一発触発、絶体絶命、貞操の危機とはこのことだ。
男の僕が貞操の危機っていうのもおかしいのだが……。
常識が通用しない崎の母・無双マミーは、限度を逸した地獄よりの使者か!?
異端審問官も尻尾を巻いて逃げ出すに違い。
極めて危険で、凶悪な存在だと肝に命じておこう。
もしこの先も、彼女の家を訪れる時があるとしたら――それは無いと信じたいが――その度に家庭内で放し飼いにされてる、獰猛な野獣をやり過ごす必要があるかと思うと……。
二度と崎の家の敷居をまたぐことはするまいと強く心に誓った。
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