肆
我慢できずに、あたしは来てしまった。こんな遠い場所に。酷く不便な場所に。
ここまでは、駅で声を掛けてきたオジサンに連れて来てもらった。いやらしい目であたしを見てくるオジサン。運転中にあたしの太ももを触ってきた。それもゾクゾクするような触り方で。だから、つい……車で……。
お礼よ。お礼。そりゃ、あたしもあの方に会いたくて、その、少し疼いてたけど。ホントにお礼。
でもここに来てホントに良かった。みんな、見ず知らずのあたしを歓迎してくれる。丁寧に扱ってくれる。
え? オジサン? そういえばいつの間にかいなくなっていた。
まぁ、どうでもいいわ。だって、あの方にもうすぐ会えるんですもの。
能面をつけた巫女が、あたしに言ったの。あの方はあたしを待っているんだって。会うための準備をしないといけないって。
ああ。夢でなく会えるのね。それまで我慢できないかも。
だって……指が勝手に……。
☆
メタリックレッドのコンパクトカーが、緑の山並みの間を走っていた。某球団のイメージカラーのような、派手な色の車体。「わ」ナンバーのついたそれは、
運転席には惣介の姿。後部座席には
まもなく夕刻に近づこうかという時刻。車は
ふと、道の端に、山間の集落には不似合いな高級車が停まっているのが見えた。ホワイトパールの国産セダン。ナンバーは県内のものだ。
惣介は車を停める。
「ついていきましてよ?」
「いや、いいよ。美佐緒サンはいざって時のためにここで待ってて」
「中を調べた瞬間、引き込まれるかもしれませんでしてよ?」
「怖いことを言わないでよ。美佐緒サンが言うと冗談に聞こえないから」
「あら。あそこまで歩いてドアを開けることが、三秒でできまして?」
「無理。でも、三秒の更に先かもしれないでしょ? もし何かあったら、時間は稼ぐから助けてよね」
惣介は左手にルービクキューブを持つと、外へと出た。左手を器用に動かして、手の中のルービックキューブを動かしていく。視線はセダンに向けたままだ。
ゆっくりとセダンに近づき、運転席側の窓を見た。助手席側のシートが倒れている。それに覆い被さるように服を着た人の背中が見えた。窓に顔を近づけ、更に中を覗き込む。服装からして男性か。
中の人はこちらの様子に気づくことはなく、ピクリとも動かない。
惣介は窓をノックして見せる。だがそれに反応して中の人が動くことはなかった。
「寝てる……にしちゃ、格好が変だよね」
惣介がドアハンドルに手をかけた。ひと呼吸おいて、思い切って引っ張った。ハンドルは拍子抜けするほど簡単に動く。
「おい、アンタ」
ドアを開け、車内へと上半身を潜り込ます。左手の親指をルービックキューブの角に引っかけて、咄嗟に動かせる状態を作る。そして助手席に覆い被さるように倒れている男性の肩に触れた、その瞬間――
触れた場所から砂でも触ったかのように肩が崩れた。二の腕の半ばまでがシートに落ちる。
「!」
惣介は思わず手を引っ込めると、そのまま車の外に体を出した。乗って来た車の方へ視線を向ける。惣介の視線を受けて、美沙緖が車から降りた。
「何か見つかりまして?」
車の横に立ち、美沙緖が声をかける。
「……被害者、かな?」
美沙緖が惣介の元へと歩いてくる。目は相変わらず閉じているが、白杖は持っていない。その歩みもしっかりとして不安はなかった。
「他に何かありまして?」
「残念ながら、本の〝ほ〟の字もないね。あるのは男のミイラのみ」
横に来た美沙緖に、惣介は場所を譲る。美沙緖は車の中を覗き込んだ。
美沙緖が男のミイラに触れると、今度は頭部や腕の一部を残し、ほぼ崩れてしまった。落ちた拍子に、男の顔が美沙緖の方を向く。その表情に苦しさはなかったが、何かに驚いているように見えた。
「腐敗臭はありませんのね」
「ん? ああ。そう言えば変な臭いはなかったね。車はまだ新しいから、時間をかけてミイラになったわけじゃなさそう」
「この集落に人は……いそうにありませんわね」
惣介と美沙緖は、辺りを見回した。棚田には雑草が生え、所々に点在する家屋も随分と古い印象を受ける。人が生活をしている気配はない。そもそも人が住んでいるのなら、こんな所にミイラが放置されていることはないだろう。もっとも、住んでいるのが〝普通の〟人間ならば、だが。
「〝教授〟は小さな古い神社……って言ってたっけ?」
「ええ。ナビにデータがあればよろしいのですけど」
二人はレンタカーへと戻っていった。
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