第16話 激突! 王者VS王者

「さぁて、次の相手はどんな人かなー!」

「あんまり油断しない方がいいでやんすよ」


 アオイとの戦いで少々苦戦したものの、それからはサクサクと進んでいた私たちは次なる試合に向けて控室を出ると、コロッセオまでの廊下を歩く。


再びコロッセオに戻ると、すでに次の対戦相手はフィールドで待機していた。学校の制服を着た、普通の男の子。落ち着いた雰囲気をしていて、私と目が合うと笑顔で手を振ってきた。


「チャオ! 僕、カイザ。会いたかったよ!」

「は、はぁ……?」


挨拶を済ませると、待ってましたと言わんばかりにカイザは顎を触りながら興味深そうにアーノンの観察を始める。アーノンの特徴をスラスラとメモ帳に記入すると、満足そうに頷いた。次第にそれはエスカレートしていき、ついには体の隅々をベタベタと触り出す。


「や、やめてほしいでやんす……!」


アーノンが嫌がってもお構いなしに、カイザは今度、アーノンの触手を触って愉しんだ。


「へぇ、凄いな。この触手で敵を捕獲し食していた。古代の王者、アノマロカリス。うん、面白い」

「な、何をしているの? アーノンも嫌がってるし程々にしてくれない?」


私が注意すると、カイザは我に帰ってアーノンから離れる。


「あはは、ごめんごめん。僕、クララとずっと戦いたくて、テンション上がってるんだよね」

「なんで私の名前を……?」

「やだなぁ、もう。君って自分が思ってるよりも全然有名人だよ? 昨日の注目のされ方ったらもう凄かった」


カイザは私を煽てるように、二の腕を人差し指でツンツンする。本人は無意識だろうが、これが結構鬱陶しい。だる絡みと言えばいいのか、彼の独特のノリについていけない。


「なら、その期待を裏切らない戦い方をしなくちゃね」

「うん、頼むよ。僕に最強のアノマロカリスを見せてくれ」


カイザと握手をしたところでアナウンスが会場内に響き渡った。


『Bランクプレイヤー、クララ。現在86連勝中。対するは同じくBランクプレイヤー、カイザ。現在84連勝中です』


私は次の『戦闘開始』に合わせてアカウントキーの準備をする。向かいではカイザがパワーリングから何かを取り出した。あれは……ライフルか?


『戦闘開始』


合図がして、私はすぐにアーノンを巨大化させる。


「アノマロカリスッ!」

「スタンバスター」


同時にカイザが放った攻撃を受ける。彼もアオイと同じように私のルーティンをよく観察していた。私の初手は必ずアーノンの【操獣】の発動だ。そのためにパワーリングにアカウントキーを挿すという予備動作が生まれてしまう。その一瞬を狙って、ライフルを撃ってきた。それもこれは……。


「ゔ、ゔぁぁぁぁッ!!」

「クララ嬢、どうした!?」

「か、体が痺れて……動かないっ!」


強力な電流を帯びた弾丸で、体が完全に麻痺してしまっている。これでは自由に体を動かすことができない。


「これはスタンバスター。撃たれたらしばらくは動けなくなるよ。さぁ、これで盤上は整った。タイマンをしよう、アノマロカリス」

「ソナタ……それが目的か! だが……」


アーノンは助けを求めるように私に視線を移す。何としてでもルールを守りたいアーノンは自由な行動を好まない。タイマンと言えども私の指示が欲しいのだろう。


だが、いつまでも【操獣】のルールに縛られていれば、アオイのときや今のようなときに柔軟に動けない。ここでアーノンがルールを無視する選択を取ることは、私たちにとって通らなくてはいけない重要なステップのひとつだ。


そこで私はあえてアーノンに指示を出すことをやめる。


「アーノン、任せた! 自由に戦って!」

「クララ嬢が動けない以上はそうするしかないか。承知した」


「自由に戦え」というのも一種の指示と言える。アーノンもそれを理解し、正面を向き直してその複眼でカイザを捉えた。自分の望み通りの試合運びとなり、カイザは満足そうに笑っている。


「ソナタの要望に応えよう。このアノマロカリス、全力で相手をするぞ」

「いいね! それじゃ、始めよ!」


カイザは瞳を閉じると強い光に包まれる。直後、激しい風と共にその光が会場全体に運ばれていった。眩しすぎて前が見えない。私は手で風を受け流しながら、光の奥に隠れる二人の様子を伺い続ける。私の耳に二人の会話だけが届く。


「何が起こっているというのだ!?」

「あはは。僕は王者だ。君と同じ」

「ソナタが、王者?」


徐々に眩しさにくらんだ目が慣れてきて、カイザの影がうっすらと見え始める。カイザは少しずつその姿を変えていた。鋭い爪と牙。うなる尻尾。大きな立髪。それはまるで……。


「ライオン……?」


観客席も次第に騒がしくなる。光が落ち着いたコロッセオにはライオンとアノマロカリスが対峙し睨みを利かせあっていた。どちらも最強と謳われることの多い生物。このスペシャルマッチこそ、カイザが狙っていた展開。


「これが僕の固有スキル、【王者変化】さ。大陸の王者と古代の王者、どちらが強いのかハッキリさせようじゃないかっ! ガゥルルルル!!」


カイザはアーノンに攻撃を仕掛ける。獣になったことで、人間態のときよりも格段にAGIの値が上昇していて、それはアーノンの反応を上回った。


「王者打撃・陸ッ!!」


3本の大きな爪がアーノンの体を切り裂く。甲殻に覆われているとはいえ、アノマロカリスの体表はそれほど硬いものではない。この一撃は中々に手痛いものだった。アーノンはダンゴムシのように丸まり、勢いよく転がっていく。


「ぐぅっ……!」

「まだまだ、今まで快勝を続けてきたアノマロカリスの力はこんなものじゃないだろう? それとも、進化論が示す通り、昔の王者では現代の王者を破れないのかな?」

「くそっ、クララ嬢の指示さえあれば……!」


アーノンの動きが鈍い。私は苦戦しているアーノンに厳しい視線を向けた。私の指示がなければ動けない、そんな話はないだろう。アノマロカリスは王者だ。『王』という文字が入っているのに、主人に仕えてどうする。【操獣】のルール通りにしたいのだろうが、それでは指示を出してから行動するまでの時間が隙を生む。本気で勝ちに行くなら、私たちには対等な関係で、完璧なコンビネーションが求められる。私が動けないのなら、アーノンはなおさら私を頼ってはいけない。


「王者射撃・陸ッ!!」


次にカイザは両手に生えた爪で空を切る。そうして強力な風を発生させると、そこに向かって口から黄金に光る光線を放つ。風の後押しもあって、光線の威力はますます勢いづいてアーノンへと迫る。


「くっ! これを避けた後は攻撃をするか、クララ嬢を守るか、どうする!?」


攻撃が迫ってもなお、アーノンは固い頭で考え続けた。


「攻めないで勝てるわけがないでしょう!? 少しは自分の選択を信じなさいッ!!」


私はアーノンにそう叫んだ。アーノンはハッと顔を上げると目の前の光線に意識を向ける。


「そうだ……何を当たり前のことで悩んでいたのだ……。ここでワタシがクララ嬢の連勝を止めていいはずがなかろうッ! この試合、勝つしかないのだぞ! 戦え、アノマロカリスッ!!」


アーノンはそう自分自身を鼓舞し、跳び上がる。幾度と見てきた、オーシャンズレイのモーション。


「オーシャンズレイッ!」


この試合の中で初めて放ったアーノンの必殺技。それは勝つことだけを考えて放たれた光線で、今までの中でも特に威力がある。王者射撃・陸を相殺させ、着地したアーノンは今度は攻めに転じてカイザへと向かっていく。


「いいよ、アーノン! そのまま畳み掛けて!」

「承知したぁ!!」


アーノンは口元にある2本の触手を硬直させ、カイザの胴を掴む。


「太古の牙ァァッ!」

「ぐあぁぁっ!」


吹っ飛んだカイザはうまく立ち上がらずにその場に伏す。勢いに乗ったアーノンは立て続けに必殺技を繰り出していった。


「トドメだぁぁぁ! オーシャンズレイッッ!!」

「【王者変化】!」


渾身のオーシャンズレイが届くギリギリで、カイザはさらに姿を変えた。次なる王者はシャチ。海の王者だ。シャチになったカイザにはオーシャンズレイのダメージはほとんど効いていなかった。ライオン以外にも変化のバリエーションを隠していたというのか。


「シャチになった僕にとって、水分はご褒美でしかないよ。そして、これが最後の変態だ。【王者変化】」


矢継ぎ早にカイザは姿を変える。もうシャチの面影はどこにもない。硬い鱗で覆われたそれは巨大なドラゴン。グランド・オロチにも似た存在するだけで相手を怯ます強力なプレッシャーと威圧感。


「空想の王者、ドラゴンさ」

「ほう、ソナタの力には驚いた。まさかここまで恐ろしい変態だとはな」

「オイッ! なんか変な誤解される言い方ヤメロ!」


しかしそんなプレッシャーに負けるアーノンなんかじゃない。目にはまだ闘志と気概が残っている。対して変態行為を重ねたカイザは、平静を失っていた。アーノンの語弊を招く言い方に腹を立てたのだろう。


「くそぅ! 馬鹿にしやがって!」


変態と言われたことがそこまで許せなかったのか、カイザは喉元にエネルギーを集中させて溜め込ませる。今までの攻撃とは一線を画すようなタメと動作。彼の最大火力技だ。見たところ、このコロッセオ全てが攻撃範囲内なので私も痺れる体を何とか動かして三葉虫・シェルを準備しておく。これは完全に殺しにきてるな。アーノンも同じことを思ったようで、コロッセオの端まで移動すると、壁の隅に体を薄くしてかがみ、ダメージを最小限にするために努めた。


何がそんなに面白くなかったのだろう。変態の技を使う以上、この手のイジリを受けるのは必然だと思うが。


「そんなことをしても無駄だァッ! カイザ・キングスバーストッ!!」

「な!? これは避けられな——」


紫に怪しく光る破壊の光線は規格外の威力でコロッセオ全体を放射した。


「うわぁぁぁぁ!」


三葉虫・シェルを構えていながら、私は空高く吹き飛ばされる。自分の意思に反して、抵抗する体は高く高く舞い上がっていく。止めることはできない。


「無理無理無理無理無理無理、むりぃぃぃぃ!!」


高度何百メートルもあるだろう位置から地面へと叩きつけられれば疑うまでもない、即死だ。アーノンは倒れてもまだ私がいるが、私が倒れればそれはそのまま敗退を意味する。ここまで築き上げてきた連勝数が途絶えると思うと、それを許さない心が脈を速くさせた。


高所の恐怖、敗北の恐怖、色々な恐怖を心の奥底に封じ込めるように、私は強く目を瞑る。


「アーノン、命令よ! 絶対に私を助けてっ! お願いぃぃぃっ!!」


爆煙が広がるコロッセオに向かって叫んだ。今、アーノンの体力がどれだけ残っているかすらわからない。それでも、今はアーノンを信じるしかない。



——無論だぁぁぁぁぁッ!!



それがアーノンの声だと、しばらくはわからなかった。今まで私の指示には「承知」と頷いてきたアーノンが、初めて感情的になって叫び返してきた。この瞬間、アーノンは間違いなく私の『仲間』だった。ルールだからとか、指示を受けたからだとか、そこにそんな条件は存在しない。これは紛れもなく、私とアーノンの絆そのものだ。


爆煙を突き破り、アーノンが飛び上がってくる。その体はボロボロで、あの光線をかなり受けていたことが見てとれた。


「アーノンッ!」

「クララ嬢ッ!」


アーノンの目を見る。瞬時に私は頷く。コンマ0.1秒の意思疎通。お互いを完全に理解しあってこそできること。それはもう、必殺技と呼んでもいいのかもしれない。


時を超えた相互理解キズナ・オーバードライブ


私はアカウントキーをアーノンへ投げる。そして後は痺れた体に任せるまま、脱力した。投げたアカウントキーをアーノンは完璧に触手で掴み取り、器用にそれを私の腕にあるパワーリングへ差し込んだ。そこで私は技名を叫ぶ。


「ハルキゲニア・リバース!」


同時にアーノンが自ら私に触れられに来る。私の痺れがアーノンへと移り、動けるようになった私はカメロケラスランスを構えると、落下しながら地上のカイザへ狙いを定める。


「貫けぇぇぇぇ!! 刹那! オルドビスラァァァァンスッッ!!」

「うわぁぁぁぁぁ!!」


まさしく刹那。決着は一瞬だった。


『K.O! 勝者、クララ!』


アナウンスを聞き届けると、私はコロッセオに着地する。そして空から落ちてくるアーノンを受け止めた。アーノンを地面に降ろした私はアーノンと手と触手を合わせる。ハイタッチ。そのやり取りに胸打たれたのか、会場中で拍手が巻き起こり、それは延々と止むことがなかった。


「負けたよ。やっぱり、クララって凄いんだね」


私たちのもとにカイザが頭を掻きながら歩いてくる。


「凄くないよ。今回は全部アーノンのおかげ。私、美味しいとこだけ持ってっちゃったから後で謝らないとね」


私たちを見上げるアーノンを見てそう言うと、カイザは羨ましそうに笑う。


「いい関係だね。能力も人間としても僕の完敗だ。この試合でよりクララの強さがわかった気がするよ。改めて、87連勝おめでとう」

「うん! 絶対Aランクまで行ってみせるから! 応援しててね!」

「ああ。楽しみにしてる」


私とカイザは握手をして、お互いの控室に戻る。今の試合の振り返りなんかをしながら歩いているその途中。対向から歩いてくる男の人が通り過ぎざまに私の耳元へ呟いた。


「ザコを連れ回してるわりに、中々骨のある奴じゃねぇか」

「えっ……?」


すぐに振り返り、男の背中を見る。聞き覚えのある声に加えて、見覚えのある背中だった。


「アーノン、先控室戻ってて!」

「え、どうしたでやんすか?」

「ちょっと、気になることがあるから見に行ってくる!」

「次の試合までに戻るでやんすよー!?」

「わかってるー!」


私の試合なんか観戦して、一体何が目的だっていうの……?


「……ディゼ」





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