第一部 グランド・オロチ
第1話 ひょんなことから
太陽の射光が差し込む地学教室ではいつも通りの授業が行われていた。今やっている内容は地球誕生の話。マグマオーシャンがどうたらこうたら……と死ぬほど興味のない話が続く。一番後ろの席に座る私は、もちろんそんな話を聞こうとはせず、隣に座る親友の
「てか、七瀬また痩せたんじゃない?」
「え、ほんと? 階段2階分登った甲斐があったかな」
「いや、それだけで痩せるワケないじゃん」
七瀬の天然ボケにツッコミながら、黒板に書かれていく文字をボーッと眺める。階段を登るだけで痩せるのなら誰も苦労はしない。私の言葉を聞いた七瀬は特に否定もせず笑う。
「あはは、まぁね。でも意味わかんなくない? たかだか地学の授業やるのに何で4階まで移動しなきゃならねぇんだよっ」
七瀬は机をバンバンと叩きながら、荒い口調でそう言う。先生に届かないくらいの声量に調節はしていたが、端から見れば不良生徒でしかないよな。私はそんな七瀬を右手を伸ばして静止させた。
「ばかばか、聞こえるって」
私たちが通う高校のHR教室は2階にあるのに対し、地学の授業は4階の地学教室で行われる。地学教室といっても、実験器具や石などが置いてあるだけで普通の教室と特に変わるところはない。授業をするだけなら移動する必要はまったくないのだが、不思議とこの学校では移動をするきまりになっている。
「にしても暇よねぇ。
「はーいはいっ、と」
私は七瀬に言われた通りに資料集を開く。七瀬は大の古代生物オタクであり、いつも資料集を見ては私に解説を施してくれる。それにしても女子高生の趣味が古代生物とはね。今はこうして授業を聞かずに遊んでいる七瀬だが、その範囲が地質時代(恐竜とかが出てくる単元のトコ)になれば簡単に100点を取ってしまうのだろうな。
「そこのページ見よ!」
「……またこれ見るの?」
「えへへ。私、バージェス動物群が一番好きなんだ。神秘的な感じするでしょ? 中でも王者のアノマロカリスったらかっこいいんだぁ」
アノマロカリス。七瀬が毎日私に熱く語ってくる約5億年前の古代生物だ。今日も同じような話を聞かされるのかと思ったが、違った。七瀬はアノマロカリスの絵を見ると、何かを思い出したように目を見開いて私を見る。
「ねぇ、シティ・モンスターズってゲーム知ってる?」
「ゲーム? 急に話変わったね。古代生物はもういいの?」
「いやぁ、それがさ、私最近シティ・モンスターズ始めたんだよね。VRMMOの新作で、人やモンスターと戦えるゲームなの!」
「は、はぁ……」
シティ・モンスターズ自体は聞いたことがある。CMでもよく紹介されているし、男子のクラスメイトがよく話しているのを聞いたりした。しかし、それとさっきまでの古代生物の話が噛み合わなすぎて私は困惑してしまう。
「私ね、それで毎日頑張ってたんだけど、どうにも勝てない敵がいてさ。荒野マップのボスモンスターでグランド・オロチって奴なんだけど、蘭にお願いしてもいい?」
「お願いって、私に倒せと? 無理でしょっ! 私操作方法も分からないのに!」
「大丈夫よ。VRMMOだから、仮想空間に入って五感で戦えるわ。それに、蘭ってゲーム上手いでしょ」
「そんな無茶な……」
確かにゲームには自信があるが、やったこともないゲームを代わりに、しかも初めからボスモンスターが相手なんて無茶にも程がある。
「あ、蘭って彼氏募集中だよね?」
「……だから何よ」
私は細目で七瀬を見る。何やら良くないことを考えてそうな顔をする七瀬。何を言われても私は手伝わないわよ。そんな私の耳元に七瀬の口が近づく。
「シティ・モンスターズはオンラインゲームだから出会いもあるわよ。最近ね、すっごいイケメンと知り合っちゃったぁー」
「イケメン!? 誰!!」
勢いよく席を立ち、食い気味に七瀬に詰め寄る。その後、私は「しまった」と思う。時が止まったような静かな教室で、ゆっくりと黒板の方を見ると、しっかりと先生と目が合った。何もなかったかのように着席するか、どうにか言い訳を考えるか、この場をどう収めればいいのかわからず、私は苦笑した。
「あはは〜。……すいません」
「イケメンに出会うためにも、ちゃんと勉強しろよ。
「はいっ! 頑張りますっ!」
そのやり取りを聞いたクラスに笑いが起こる。恥ずかしい思いをした私が
「それで? やるの?」
「今日の放課後、一回きりね。そのイケメンとやらを一目見ておきたいから」
「おっけ〜。じゃ、放課後私の家で」
話が終わり、静かにため息を吐いた私は机に広がったままの資料集を見る。アノマロカリス、オパビニア、ハルキゲニア、三葉虫……これだけ異質な古代生物を見ていると生命の不思議さを改めて感じさせられる。彼らが生きていた時代。今まで地球が歩んできた膨大な時間からすると、私の今一瞬の恥なんて本当にどうでもいいものなんだ。まだ顔の熱は冷めていかないが、今日のことはひとまず忘れてしまおう。心の中で反省会を終えた私は、この後のゲームのことだけを考えることにした。
放課後。七瀬の部屋で温かいココアを一口飲んでほっと息を吐くと、私はコントローラーを握ってVRゴーグルを装着する。そんな、女子高生の私からゲーマーの私になる瞬間を七瀬は期待を込めた瞳で静かに見つめていた。
「じゃあ、早速やってみるけど、具体的にグランド・オロチのどこで行き詰まってるの?」
「グランド・オロチは広範囲の連続攻撃と視野の広さが厄介で気を抜くとすぐにやられちゃうの。素早く攻撃をかわしながら、敵の盲点を狙って一気に叩くのが正攻法ね」
「わかった、やってみる!」
コントローラーの電源を入れ、ゲームを起動させる。すぐに胸を高鳴らせるBGMと景色が五感を刺激し始め、家の中からセントラル・シティへと私の意識は移っていった。
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