実のならない木

雪ノ下

第0話-僕


 2本のイチョウの木の間に張られたブルーシートは隙間から日が差し込む。積み上げられた雑誌や漫画、酒瓶が入っていないプラスチックの箱は逆さに置かれ真っ平らなクッションが並べられている。柔らかな野草に腰を下ろした2人は、一心に文字をなぞっている。日が当たったページは読みにくいのか、時折、眼を細めている。俯いた顔にまつげが影をさし、分厚い本が似合わないごつい指輪をはめた指がページをめくる。天気のいい日にイチョウの木の下で、彼と2人で静かに本を読む。



 使わなくなったTシャツに綿を詰めた。不器用に縫い合わされた布の継ぎ目から出る綿を押し込み、彼の体をなぞり確かめる。不格好な彼はピアスも指輪もネックレスもしていない。もちろん頭も四肢もない。寒さから逃れるように彼を抱え、歩道から脇道に入り、斜面を登る。抱きしめた彼は柔軟剤と香水の香り。かつて隣にいた彼自身のシャンプーと少し甘い香水、柔軟剤が混じった匂いはしない。当たり前のことに少し苦笑してしまった。


 一歩一歩土を踏みしめ、獣道をゆっくりたどる。僕が歩かなければこの道はいつか消える。それでも道がなくなると思い出も一緒に忘れてしまう気がして、君の帰る場所もなくなる気がして、僕自身のすがる場所も消えてしまう気がして、毎日1人で歩く。


君が戻ってくるはずはないのにね。

僕が許されることはないのにね。

戻りたい。

戻りたい。

戻りたい。

どれだけ抱きしめても彼の代わりにならないよ。


肩から伝わる君の体温も、匂いも、頬をくすぐる君の髪も、目が合うと照れて笑うところも、心底軽蔑した目で僕を拒絶した顔も忘れられない。


君は元気かな。

僕はさみしいよ。

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