通過の途中で -en passant-


 旅は既に2日目になる。馬車の造りは快適で、舗装されていない道路の揺れを無きものとして扱えば、とても心地のよい旅ではなかったろうか?(無意味な仮定)

これからレーテーの峡谷へと向かう俺たち一行は、出発地であるファミリア直轄領を遠く離れて、イーヴェニアというファミリア連合南部を構成する同盟国を通過しながら、

フィールディアとイデアリアの緩衝地帯を迂回して、地図の右側からラティシアの辺境くだりに入るわけだが、実はもうイーヴェニアの関所には差し掛かっていて、

先頭馬車の都合でいまは足止めをくっている。これからイーヴェニアに入るわけだが、うーん関所なんてまるで中世だな。

俺は白馬に跨って並走する(当然ながら今は止まっている)ランスロットに幌馬車の窓から声を掛けた。


「イーヴェニアってどんな国なんだろう?」


興味本位からだった。ランスロはそれにそれなりに一生懸命考えながら答えた。


「イーヴェニア、王妃さま、大きい、変わってるクニ、です?」


うん?王妃様が変わってる国?


「イーヴェニア、王妃さま、部屋でないです。誰も会わないです?」


引きこもりってことか? すごいな。いよいよ奇人変人の予感がしてきた。


「ランスロット、イーヴェニア、行った無いです。でも聞いた、ある」


ランスロットは身振り手振りを交えてがんばって伝えようとしてくれる。かくいう俺も先ほどから、半ば無意識的に大げさに頷くような動作を繰り返しながら聞いている。

言語による意思の疎通が不完全であるとき、いかにノンバーバルコミュニケーションの大切なことか。ランスロットと意味を伝え合うのは時間のかかる作業だったが、しかしこういうのも悪くない。

この調子で根気強く話し続けていれば、旅の終わる頃には彼女は日本語ペラペラになっているかも知れない。


 導来してくれた関守に礼を言い、ようやく関を抜けてイーヴェニアに入国してから暫く進むと、ちょっとした低木林が広がっていた。これを突っ切る形でまた進む。その途中で不意に馬車の進みが止まった。

また関所だろうかと思ったが、何やら列の前方が騒がしい。降りて先頭まで行って確かめてみると、どうやらひとりの民間人(子供?)がシンディ付きの従者に捕らまえられているようだ。

その子は髪を捕まれ、ずいぶんと痛がっている様子だ。馬車の進む道にはひとりの女が立ち塞がっており、兵士と不満げに口論していた。

 トラブルらしいな……俺には現地語は分からないので、いますぐ騒動を収めることは難しい。この場でジェスチャーだけで制止を試みるか、それともランスロットを呼ぶため戻るか?

 迷っているうちに、道につっ立っていた女がこちらを見つけた。


「その子を離してやんなよ。あんたが王様だろう?ちょっとくらいは大目に見てやってもいいんじゃないかね」


それは貫禄のある声で、何よりこちらに意味の通じる言葉によってなされた発話だった。俺は驚いた。


「日本語がわかるのか?」


いや、これは翻訳魔法だよ。それより、あの子はあんたの馬車の前を横切っただけだよ、それでも捕まえるつもりかい?」


「えっと、実はそのつもりは毛頭ないんだが……」


翻訳魔法を使いこなすというこの奇妙な古着を来た女はどうやら魔女のようだった。俺はぜひとも仲間に引き入れたいと思って、急いで兵士からその子を取り上げて、魔女の方へと解放してやった。


「これでいいかな。えっと、ほんとに済まない……あんまりこの部下とは意思疎通が取れてなくて、こんなくだらないことでいちいち捕まえるなって、後で言っとかないと……」


俺は頭を掻いた。


「どうもありがとうよ、王様屋さん。噂には聞いてたけども、ファミリアの首領はなかなか出来た男のようだね。|儂(アタシ)はマーリンだよ、よろしくね」


「あ、えっと、俺は御門 祐介みかど ゆうすけ。こちらこそよろしく」


で、流れで握手。俺は非礼の詫びだといってマーリンに馬車に乗ってもらった。こっちの経緯を正直に話して、何とかできないものかと相談する。


「へえ、人探しかい。それも離別した恋人なんて泣かせるね。よし、アタシに任せな! これでも人探しの魔法は得意だからね」


渡りに船とはこのこと。俺はガッツポーズした。マーリンと名乗ったその女魔法使いはイーヴェニアの事情についてもよく知っていた。なんでもイーヴェニアは有史以来最大の金山を有し、

ファミリアのなかでも比較的裕福な国であるという。そのせいか昔から独立心がほど強く、イーヴェニア大公家は代々ファミリアとは政治的に距離をとってきた。

その傾向は5年前にレイチェルという少女が戴冠したことによって加速する。レイチェルは人前にゆめゆめ姿を顕すことなく、臣民さえその姿を見たことがないという。

古ぼけた小高い塔の上に幼少の砌から引き篭もり、グロタンディークのように孤高の宇宙を実践した。国使の誰とも面会することはなかったが、唯一の例外は数年前に

どこぞのファミリア王が彼女のもとを訪れたときのことである。そいつは彼女と何やら条約を結ぶことに成功したらしく、それ以来イーヴェニアはファミリアを資金面からバックアップする存在となり、

ファミリアはその見返りとして採掘技術の供与などを行っているという。

 レイチェルはファミリア連合の第六王妃という地位にある。つまりシンディやスノウと同列であり、月乃を暗殺したかもしれない容疑者のうちひとりだ。これまでの話を聞いて少し興味も出てきたし、

噂の塔はちょうどこの道中にあるというので俺は少し立ち寄ってみることにした。

よし、会ったらまずはハートのジャックについて聞こう――いやでも彼女が首謀者だった場合、そんなストレートに聞いても意味が無いか?

巧く嘘をついてカマかけてっていくのが正攻法だろうけど、この世界に来たばかりの俺には材料が何もない。わりと詰んでるなこれ……ま、それは後々考えるとして。


「ところで、マーリンはどこまで付き合ってくれるんだ?」


アタシは報酬さえ呉れれば、何処へだってついて行くよ」


彼女はとことんさっぱりとした性格だった。王族(先王の養子)である俺は、報酬ならいくらでも出すことができるだろう。これで仲間が増えて賑やかな旅になりそうだ。

ふと窓の外を見ると、ランスロットがちょっとふてくされたような態度をしているような気がしたが、しかしそこは不明にして気がつかないことにしておこう――。


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