デス・マッチョです

ちびまるフォイ

筋肉は1日にしてならず

「本当にムキムキになれるんでしょうか?」


「もちろんです。私どもの会社は広告で嘘はつきません!

 さあ、これを飲んでください」


「このカプセルは……?」


「ナノマシンカプセルです。中にマイクロナノマシンが入っています」


「ちょっ……! なんてものを飲ませるんですか!?」


「ああ、落ち着いてください。ちゃんと説明しますとも。

 そのナノマシンはあなたの体の内側から体の構造を変えてくれるんですよ」


「こ、構造を……?」


「そう。あなたの体の中で筋肉を勝手に作ってくれるんです。

 もう成果の出ないトレーニングをすることもないし、

 うそっぱちな筋肉商法に踊らされることもなくなりますよ」


「これを……飲めば……!」


カプセルを水と一緒に飲み干した。


「……変わった感じしませんけど」


「まだ体に入ったばかりですからね。明日になればわかりますよ」


その日はそれだけで終わってしまった。


高い金を払ったわりに結果が出なければ訴えてやると、

風呂場の鏡の前で太鼓腹を出して写真を撮った。


「本当に変わるんだろうなぁ」


洋なしのように前に突き出た腹をぽんと叩いた。

この太鼓腹とはこの日で最後になってしまうとは思わなかった。


翌日、まだ眠い頭をかかえながら鏡の前に立った。


「うそだろ……ま、マッチョになってる!!」


だらしなかった中年男性のマシュマロボディは見る影もなく、

引き締まったモデルのような体に仕上がっていた。


「ナノマシンってすげぇ!!」


こうなると自分の筋肉を見せたくてたまらなくなり、

ワンサイズ小さめなTシャツで胸筋をアピールしてみたり、

寒空の下を短パンで歩いてふくらはぎを見せたりしてみた。


これで完成形かと思いきや、さらに翌日にはまた磨きがかかったボディに変わっていた。

筋肉に到達点なし。


「なんてすばらしい体だ……! もはやギリシャ彫刻じゃないか!!」


誰か自分の裸の銅像でも立ててくれないかとリアルに思うほど、

鏡を見てポージングを決める時間は毎日の仕事の時間よりも長くなった。


そんな筋肉に酔いしれる日々の中で、突然に体が痛み始めた。


「うぐっ……いたたたっ……なんだ!? 体のうちがわが……ひいぃぃ!!」


布団の上でマッチョがもんどり打っている姿はギャグにしか見えない。

それでも我慢できない鈍痛が全身をかけめぐった。


人生ではじめて救急車を自分で呼んで自分で病院に担ぎ込まれた。

症状を詳しく伝えても医者は首をかしげるばかりだったので検査入院となった。


「検査の結果が出ましたよ」


「それで! 俺はどんな病気なんですか!?」


「結果からいうと、なんの病気も見つかりませんでした」


「うそつけ! こんなに体の内側が痛いのに異常がないわけあるか!」


「ただ気になることが1つだけありまして……」


医者はCTスキャン画像を掲げてみせた。


「ここを見てください。これは筋肉なんですが、昨日より同じ部位が大きくなっている」


「ああ、それはナノマシンの影響ですよ。

 俺の体の中で筋肉を作ってくれているんです」


「それは検査でしっています。それでそのナノマシンはいつ止まるんです?」


「止まる……? どうして?」


「そのナノマシンはどうやら一日一定のノルマで筋肉を作っています。

 だが、すでにあなたの体には筋肉を作る栄養分はおろか空きスペースもない。

 これがどういうことかわかりますか?」


「……いやわかりませんけど」


「ナノマシンがあなたの内臓や骨を破壊して、筋肉を作ろうとしてるんです。

 痛みはあなたの臓器がむしばまれている痛みなんですよ」


「なっ……それじゃ俺はどうすればいいんですか!?」


「ナノマシンはノルマがあります。

 内臓を破壊されないためには、自分で筋肉ノルマを達成するしかありません」


「筋トレしろってことですか!?」


「じゃなきゃナノマシンに食い荒らされますよ」


「ええええ!?」


選択の余地はなかった。


体を内側から破壊されないために、筋トレを続けるしかない。

筋トレで一定上の筋肉を増やさないと、自分の体から何が失われるか。


パーソナルトレーナーを付けて、

筋トレをいつでもできるようジムを買い取り、

筋肉を効率よくつくるために毎食プロテインにした。


「98、99、100!!」


「すばらしい! もう50セットも続けていますよ!

 さすがはそれだけの筋肉の持ち主ですね!」


「まだまだぁ!!」


「い、いや、少しは休まないと、体に毒ですよ」


「筋肉を止めたらもっと体に毒になるんですよ!!」


ふたたび筋トレを再開しようとしたときだった、

目の前がぐらついてとても立っていられなくなった。


「これは……な、ナノマシンのせいか……!?」


「ちがいますよ! オーバーワークです!

 あなたの体はすでに限界なんですよ!

 自分の腕を見てみなさい! 青く変色しているじゃないですか!」


トレーナーの悲痛な叫びを聞いて、自分の腕を見た。

腕だけではなかった。足も、脇腹もなにもかも。

限界以上のトレーニングで内出血している。


「いまは休まないとダメです!」


「でもトレーニングしないと……」


「トレーニング!? できるわけないでしょ!」


筋トレをやめたときだった。

待ってましたとばかりにナノマシンがノルマに足りないぶんの筋肉を製造しはじめる。

メキメキと体の内側から破壊される痛みが広がる。


「うああああ! 痛ってぇぇぇ!!」


これ内臓を破壊されたらどうなってしまうのか想像したくもない。

かといって、医者に手術して取り出せと言ってもナノサイズのものを取るなんて無理だ。


「……取り出す。それがあった!」


「ちょ、ちょっと!? あなた何をしてるんですか!?」


「ナノマシンを取り出すんだよ!」


自分の口にタオルを巻くと、自分の体に思い切りハサミを突き立てた。

内出血もあいまって噴水のように血が流れてくる。


「ナノマシンを血で体から押し出してやる!!」


「正気ですか!? はやく救急車! 救急車ーー!!」


気が遠くなるほど、血液が出たある瞬間だった。

あれほど体の内側から響いていた痛みが一気に消えた。


「や、やった……!? ナノマシンを追い出せた……!」


安心するとそのまま気を失った。

もう二度とあの痛みにさいなまれることはない……。




救急隊がつくと、床にはすっかり冷たくなった男が倒れていた。


「……ダメですね。すでに死んでいます」


「ああ、そんな! 私のせいですか!? 私が助けを呼ぶのが遅かったから!?」


「トレーナーさん落ち着いてください! あなたのせいではないですよ!」


救急隊は男の遺体を指差した。


「この人はナノマシンで体の構造が変えられています。

 ナノマシンによって筋肉の製造から心臓の鼓動まで管理されるようになってるんです。

 そのナノマシンを血と一緒に出したのでしょう。それは死にますよ」


「そ、そうなんですか……。でもどうしてそんなに詳しいんです?」



「同じ方法を私も考えたことありますから……」


救急隊は今にもはちきれん胸筋を見せつけて答えた。

浮き出る血管の中にはナノマシンが泳いでいた。

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