その一言がほしいだけ
保科早里
第1話
「あーあ、緑のたぬきより赤いきつねが食べたかったなー」
それでもズルズルと食べながら姉がいった。
やっぱりね。私は心の中でつぶやいた。仕事帰り母からのメールで近くのスーパーで安売りしてるからどっちでもいいからひと箱買ってきてと頼まれた時から嫌な予感しかしていなかった。
スーパーに行けたのは閉店間際で、赤いきつねは売り切れていたために、緑のたぬきを買ってきた。もしこれが逆だったらそれはそれで文句を言っているのだ。
「沙織っていつもそうだよね。本当に気が利かない」
母が姉に合わせて文句を言ってくる。昔から、この家では悪いのはいつも私。ちょっとでも、姉や母、父に都合の悪いことがあると私の普段の行いが悪いせいで悪者され、文句を言われ続けていた。
それから3日はどったたか。いつもは出勤途中のコンビニで適当にお弁当をかっていくのだが、何となく面倒くさかった私は緑のたぬきをもっていこうと箱を覗き込んでびっくりした。あと、一個しかない。
「ねぇ、これ一個しかないけどもう食べちゃったの?」
「はぁ?何アンタ食べ物のこととなったら目の色変えちゃって」
いやだってまだ3日しかたってないのに、12個入っているはずなのに。
「ホントいやしいこだね」
母と姉のいつもの調子についていけなくなった私は、残った一つをバックに入れると玄関にむかった。
「あーっ! 私がお昼に食べるつもりだったのにー!なんであんたがもってくのよー!」
後ろで姉がわめいている。うるさい、私は無視して家を出た。
イライラした気持ちを抑えながら駅に向かって歩いていると、私の横を慌ただしく走っていく少年が一人、盛大にすっころんだ。その拍子にカバンの中からおにぎりが飛び出して車道で車につぶされてしまった。
「あー僕のお昼ご飯!」
少年が悲痛な声をあげ、何人かの通行人がクスクス笑っている。
ふと、その少年と目が合った。しょんぼりした何だかほっておけないような目。
「あ……、もしこれでよかったら、お昼のかわりにする?」
とっさに緑のたぬきを渡した。
何やってんだ私。学校にカップラーメン作れるお湯なんておいてないかもしれないのに。
「あ、ありがとぅございます! 僕、これ大好きです!」
少年は目をキラキラさせながらうけとった。
「でも、ほんとに貰っちゃっていいんですか?」
「遠慮しないで。いいわよ」
「ありがとうございます‼ お姉さん、本当にありがとう!」
少年は年度も頭を下げながら去っていった。学校にお湯あるのかは聞きそびれたけど、ありがとうって言われるのって気持ちいいな。私の家族にはない言葉だ。
私は心に決めた。
近いうちにあの家を出ようと。そしていつか「ありがとう」を言い合えるあったかい家庭を作るんだ。
その一言がほしいだけ 保科早里 @kuronekosakiri
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