赤嶺さんと緑川さん
ひゐ(宵々屋)
前編
「赤嶺なのに、緑食べるんだ?」
高校二年生の冬だった。高校二年生といっても、中身は小学生と変わらない。だからみんな、珍しく降った雪に大はしゃぎして、私も馬鹿みたいにセーラー服を汚しながら雪合戦して霜焼けした日だった。
ようやく寒さを自覚した私は、昼食に「緑のたぬき」を選んだ。寒いから温かいものを食べる。賢い。でもやっぱり馬鹿で知能は小学生だから、私は外で雪を見ながら食べようとしていた。
そこにやって来たのが「緑川」だった。
「そういうあんたは赤買ってきてるじゃん」
緑川が持っていたのは「赤いきつね」だった。緑川の手を見れば異様に赤い、彼女が一人でせっせと雪だるまを作っていたのを、私は思い出した。
「おいしいからね~。あたし、好きなんだ、お揚げ。狐じゃないけど」
緑川は私の隣に座る。一回も折らない野暮ったい長さのスカートに、しわがつこうが濡れようが気にしない様子だった。
緑川とは同じクラスだったけれど、彼女と食事をしたのは、この日が初めてだった。
* * *
十年前、私、十年後がどうなるって考えてたっけ?
ふとそんなことを思うけど、すくなくとも『こう』なっているとは考えてなかったと思う。
未来はきらきらして見えた。でも大人になるというのは、きっと、そのきらきらが見えなくなるということなのかもしれない。
……なんて下らないことを考えながら、私は家にやっと着いた。
日付は変わっていた。ワンルームは暗くて、冷蔵庫よりも寒くて、私は明かりよりも先にエアコンのスイッチを入れた。古いエアコンは鈍い音を立て起動するが、部屋はすぐに暖かくならない。
明かりをつける気力もなくて、私は仕事の鞄を部屋の隅にぶん投げると、ベッドに倒れた。そして思い出す。食べるものがないことに。昨日見たとき、冷蔵庫はほぼ空っぽだった。スーパーに買い物に行く余裕もないから。
『飯買うの忘れた、食べ物ないわ。これは餓死』
スマホでSNSにそう呟くくらいの気力は残っている。というか、それしかできなかった。
SNSのフレンド投稿を見れば、料理がおいしいだとか、クリスマスコスメかわいいだとか、彼氏がどうのこうのだとか、そんな楽しそうなものに混じって、時々私のつまらないものがある。
緑川のものはなかった。それに少し、安心する。
あいつはいつも、海外の写真をあげるから。
「……いっそ雪でも降ってくれたらいいのに」
不意に泣きたくなってきて、逃げるように視線を泳がせると、カーテンの隙間から外が見えた。外は真っ暗で、窓を通り越して冷気がここまで来ている気がする。
都内で雪が降ったのなら、全部がめちゃくちゃになってくれるだろう。そうなったのなら、と考えると、気分が晴れる気がした。そんな非日常が欲しかった。
もっとも、私の会社は大雪が降っても出勤命令を出してくると思うが。
……ぴこん、ぴこん、と、スマホにいくつもの通知が来ていることに気付いたのは、しばらくぐずぐず泣いた後だった。
『いま家?』
メッセージアプリ。
『いまからそっち行っていい?』
『なんか色々やってたら電車なくなったんだわ~』
『適当に飯買っていくから!』
緑川からだった。
そして私が返事をする前に、チャイムが暗闇に響いた。
そろそろと私がドアを開けると。
「やっほー! 久しぶり! ……って部屋暗くない?」
緑川がそこに立っていた。やたらと派手な格好で、しかもおしゃれという感じではない。ひたすらうるさいだけの格好で、でも彼女はメイク一つもしていない顔で、にこにこと笑っていた。
私は、何だかもう感情がぐちゃぐちゃになっていたから、何にも言えなかった。
すると緑川は、コンビニの袋を掲げたのだった。
「ほら! ちゃんと飯も買ってきたよ! 寒いから中入るね!」
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