第86話 エロトマニア①

 店長が新人をつれてきた。

 以前、働いていた嬢らしい。

 私が入店する前の話だ。

 いわゆる“出もどり”だった。

「また働かせてほしい」

と彼女のほうから願いでたそうだ。

 素人嬢が多く、ルールもユルい店だ。

 不平不満があって移籍したものの、本格的なキャバクラの厳しさに屈し、出もどる嬢は多かった。

「よろしくお願いします!」

 出もどりちゃんに、あいさつされた。

 デカ目カラコンを装着している。

 コンディションのよろしくない熟キャバ嬢のメタファーだ。

 私は瞬時に警戒した。

“こういうタイプ”に、なつかれてしまうたちだからだ。

 それは子どものころからで、ニヤついたり、からかったり、怒ったり、ハブにしたりしないからだろう。

 相手に

『受けいてもらえた!』

と勘違いされてしまうのかも?しれない。

 つかず離れずしていても、なつかれてしまうのだ。

 待機席では隣にぴたとくっつかれ、スマホの画面を覗かれて微笑まれた。

 なかなかどうして、ホラーだった。

 防衛策でバックヤードに籠っても、あとをついてくる。


「あの。お願いがあるんですけど……」

 周囲に人がいないのを確認し、出もどりちゃんが小声で言った。

「私がここで働いてることAさんには言わないでください」

「ん?」

『なんの牽制だ?』

 Aさんとは、退店したA嬢のことで、私とは懇意だ。

 以前、出もどりちゃんとも勤務期間が被っていたらしい。

「店長が私を好きなのをよく思ってないみたいなので……」

「ん??」

 さっそく、話が拗れた。

 まず、店長は出もどりちゃんを好いていない(笑)。

 単なる同僚の関係だ。

 そして、A嬢こそが、店長が好いている現役彼女だ。

 嫉妬したA嬢からSNS上で“匂わせの誹謗中傷”を受けていると訴えるが……。

「ふーん。そうなんだ」

と、やり過ごした。

 間違っても

「固有名詞も出されていないのに、なぜAさんだと言いきれるの?あなたの関係妄想*でしょう?」

などと、指摘してはいけない。

『拒絶された!』

と感じた出もどりちゃんの矛先は、必ずや私に向くからだ。

 手始めに彼女は私に念を押した。

「聞いてください!私は正常です!まともです!狂ってなんかいません!」

 彼女にとって、狂っているのは世間であり、大多数の人々なのだ。


 関係妄想*……自分とは無関係な人の言動やメディアなどの情報を、自分と関係があると強く思いこんでしまうこと。




 


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