第88話 ヘルプの心得①
婆さんと初めて会ったのは、私が体験入店した店で、だった。
年若の男を連れだって遊びにきていたところを、私が一人で接客するはめになったのだ(※店によっては女性客に嬢をつけない)。
系列店で働いていると言うが、大手が土気色の婆さんを採用したのは大いなる謎だった。
「何か好きなの飲んで」
婆さんが言う。
「ありがとうございます。頂きます。お願いしまーす!」
私はボーイを呼び
「グラスビール(お客様が飲んでいるのと同じ物)を」
付箋のない店だったので、口頭で頼んだ。
「新人さん?」
「いえ、体験入店なんです」
「そうなんだ。ここ(の系列)は稼げないよー」
婆さんは歪めた口の端から紫煙を吐いた。
「(働くの)やめたほうがいいよー」
「そうなんですか?」
『で?あんたがしがみついてんのは、ほかじゃどこも雇ってくれねーからか?』
昼行灯のような連れの男は夫だと言う。
婆さんより、ふたまわりほど若い。
“金目あて”と顔に書いてある。
婆さんは裕福に違いなかった。
道楽でホステスを?
特別な縁故があって採用されたのか?
あれこれ勘ぐりたくなるほど、婆さんらしい婆さんだった。
婆さんのアドバイスは正しかった。
報酬明細に不明瞭な徴収項目があり、面接時の説明より報酬が少なかったのだ。
ちゃっちゃか受領書にサインを求められる。
帰り際、面接官のフロアマネージャーに誘われた。
「どうでした?一日観せてもらって接客もなんの問題もなかったですし、本入店しませんか?すぐにお客さん(指名)がつきますよ」
デカい店なので、数人いるフロアマネージャーごとに担当の嬢が決まっているのだ。
私の稼ぎが彼の考課に反映する。
「うーん。そうですね……。もう一日貰えませんか?」
渋る、私。
彼は申しでに応じてくれた。
その店は元々、三日間の体験入店猶予があり、良心的ではあった。
だが、二日働いた結果、私は本入店しない旨を伝えた。
嬢や客の質は比較的ノーマルで働きやすかったが、報酬明細に疑念が残ったからだ。
高給でなければ、夜の夜中、心身を削って働くのは無意味だった。
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