第54話 流し
同伴(買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること)はしたくや時間調整が面倒だが、稼ぎになる分ありがたい。
在籍店がカジュアルな街にあるなら、だだっ広い居酒屋でさくっと飲んで出動するのも珍しくなかった。
そんな店には昭和の残り香のような流しがいた。
「一曲、どうですか?」
そう声をかけられて断る席は少ない。
私たちの席にも“順番”がまわってきた。
おっさんの営業は堂に入っている。
クリアファイルを渡されたので、ぺらぺらめくる。
邦楽洋楽と古い曲が中心で、昨今の流行歌はない。
お互い聴こえ放題なので、他席と被らない曲をリクエストした。
店全体で楽しむ感じはジュークボックスのようだ。
一曲、五百円。
指名客が千円札を渡す。
おっさんがジーンズのポケットをあちこち叩いてみせる。
「すいません。小銭を切らしてしまって……」
「ああ。いいですよ」
指名客が了承すると、おっさんはおもむろにアコースティックギターを鳴らした。
夭逝したカリスマロッカーの名曲は、いまいち煮えきらない。
「ありがとうございました」
歌い終えるも二曲目のリクエストは促されず、さっさと席を移動されてしまった。
私は、おっさんが千円札を渡されるたびにジーンズのポケットをぱたぱたさせているのでは?と思い、ひそかに観察した。
やはり、していた(笑)。
別日の同伴。
週末はどこも満席だ。
私は海鮮居酒屋の外席を予約していた。
涼風に吹かれて飲む生ビールは格別だった。
するとまた、どこからともなく流しがやってきた。
珍しい二人組だ。
木訥としたお嬢ちゃんと、木訥とした青年の組みあわせ。
訊けば、青年は“マネジメント担当”だと言う。
お嬢ちゃんを市井で揉ませるのが目的か?
小さなクリアケースに入ったリストは、昨今の流行歌と80年代歌謡曲をカバーしている。
私たちは後者をリクエストした。
こちらは一曲、千円と高い。
ならば、上等な歌を聴かせてもらおうではないか!
「千円札がないです……」
指名客が五千円札を渡すと
「「あっ!」」
と二人が声を上げた。
釣りの札がないのだと言う。
店内のレジまで5秒だ。
だからと言って
「両替してきてもいいですか?」
とか
「五曲歌わせてください!」
とはならず、うろたえるばかり。
おっさん流しとは違い、あこぎなのではなく、機転が利かないのだ。
すると、何を血迷ったか
「それで、いいです……」
と指名客が降参してしまった。
“身内”ではないし、高給取りだしで、私は口を挟む気になれない。
「あ、はい。じゃあ……」
と青年がアコースティックギターを鳴らす。
お嬢ちゃんが歌う。
緊張しているのか?
声がデカいばかりで距離感がない。
倍音の揺らぎも聴こえない。
大衆が音痴に寛容になれるのは、相手がそれを呑みこむ容姿を持っている場合なのかも?しれない。
ルッキズムは潜行する。
内なる美意識を規制することは誰にもできない。
お嬢ちゃんが歌いおえる。
私たちだけ、拍手。
市井の風は冷たい。
「ありがとうございました」
お嬢ちゃんが一礼する。
「頑張ってねー」
私が小さく手をふると、二人は店内には入らず、おずおず脇道に消えてしまった。
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