はじまり

 私は女刑事おんなデカメグ。愛する貴教さんとバディを組んで、世の中のエロ親父と戦っている。


 はじまりは三年前。

 自分で言うのも恥ずかしいれど、芸能事務所にスカウトされるほどの美少女だった私は、その日も学校帰り、怪しげな男に原宿で声をかけられた。


「ねえ、高校生? 制服、似合ってるね」

「そうですかぁ」


 自分のカワイさは十分に自覚していたから、あざとく利用する。


「モデルの仕事とか興味ないかな?」

「えー、無いわけじゃないですけどぉ」


 髪の先を、指でクルクルいじり、上目遣いで男を見る。男が畳みかけてきた。


「清楚な感じがとってもいいねー。ホンモノのバージンって感じ?」


 その言葉に、ピキっと反応する。


「ち、違いますよぉ。もぉ、バカにしないで」

「ごめんごめん」

 

 男が笑いを噛み殺す。


「いま時間ある?写真だけでも撮っていかない?」

「えー、いいですけどぉ」


 それが罠であると知らず、おバカだった私はついて行ってしまった。

 連れて行かれた部屋には異様な雰囲気で、すでに何人かの女の子が閉じ込められているようだった。


「たすけてぇ」


 その子たちの弱々しい泣き声が聞こえてくる。


「おまえ、バカだなあ」

「やだ、もう帰ります」

「遅いんだよ」

「た、たすけて……」

「おまえら全員、ヤクザに売り飛ばしてやる。一生、加齢臭がプンプンするエロ親父のオモチャになるんだよ」

「い、いやぁぁぁぁぁ」


 絶望に押しつぶされそうになった時、サッとひと筋の光が射した。


「警察だ、動くな」


 数人の刑事がドカドカ乱入してくる。


「ケガはないか?」


 甘く、甘ーく無事を確認する声。

 え、信じられないイケメンじゃん。


「だ、大丈夫です」

「うん、よかったな。じゃ、いちおう署で事情を聞かせてもらいたい。来てくれるかな?」

「は、はいっ」


 その刑事は、西大寺貴教さん。

 私は一瞬で、せつない恋に落ちてしまった。


 その日から私は変わった。

 婦人警官になろう。

 困っている女の子を救うため、世の中のために……ではなく

 貴教さんに会いたい、それだけで、警察官になった。

 ただ、自分には意外な才能があることがわかった。警察学校での訓練は厳しくて泣きそうになったが、なぜか格闘術と逮捕術だけは誰にも負けず、教官も驚いていた。


「おまえ、見た目に似合わず強いな……。なんだか不思議な気がするけど」


 それもこれも、貴教さんに少しでも近づきたいから。

 そんな時が来るかわからないけれど。


 警察学校でのキビシイ訓練を終え、いよいよ署に配属になった。

 まー、最初は婦警さんの制服で、ミニパトとかに乗るんだろうなー、と勝手に想像していた。

 が、いきなり署長に呼ばれた。


「皆藤巡査」

「はい」

「配属、おめでとう」

「ありがとうございます」


 直立不動とお辞儀を繰り返す。


「本来なら生活安全課に配置するところなのだが……」

「だが?」

「上層部の意向により、君には特別な任務が与えられることになった」


 きゃー、特別ですか?


「ある警部とバディを組んで、潜入捜査を決行して欲しい」


 せ、潜入?


「そ、潜入」


 なんか、とっても怖そうなんですけど。

 お断りしては、いけませんか?いけませんよね?


「バディを組む警部の強い希望なんだよ。ちなみに彼は、若くて、優秀で、イケメンで、しかも独身なんだけどなー」


 な、なんですって?


「西大寺警部、どうぞ」


 部屋に入って来たのは西大寺貴教警部。

 え、え、え、信じられない、あの貴教さん。

 まさか、夢がかなうなんて。


「皆藤巡査」

「は、はいっ」

「久しぶりだな、元気だったか?」


 ソフトクリームのよう滑らかな微笑み。

 うれしい、覚えててくれたんだ。


「警察学校での強さは評判だったぞ」

「ありがとうございます」

「ただ……」

「は?」

「なんで警察官になった?」


 あなたに会いたかった、なんてことは絶対に言えない。


「まあいい。これからは、私と組んで仕事をしてもらう。いいな?」

「は、はい!」


 もう、天にも昇る気持ち!


「そこで君の仕事だが……。ほら、これを着てもらう」

「こ、これは」

 

 茶のブレザー、チェックのスカート、そして臙脂のスクールリボン。

 こ、これって……。


「そうだ、JKの制服。よく似合うと思うぞ」


 えー、恥ずかしい。


「手始めに≪JKお散歩≫に潜入してもらう」


 え、え、公務員がそんなことしていいんですか?


「いいんだ。立派な公務だ」

「そうなんですか……。ただ」

「ただ?」

「目的はなんですか?」

「世の中にはエロ親父がうじゃうじゃいて、悪いことばかりしている。それを退治するのが俺たちの使命だ」


 おー、それはスゴい。


「どうだ、やってくれるか?」

「も、もちろんです」

「よーし、では頑張ってくれ」

「はい」

「……俺の出世のためにな」

 

 貴敬さんは黒い笑みを浮かべた。


「今日から、ここが君の待機場所だ。ここから任務に出動するんだぞ」


 どう見たって怪しげな店そのもの。

 でも、いちばん奥に「裏アキバ特命派出所」の看板が……

 ということは、このお兄さんも、あのギャルも、みんなポリスですか?

 

「メグちゃーん。予約入ったよー」


 店員役の鬼頭警部補の声が聞こえる。


「はーい。待ち合わせはどこですかー?」

「bka劇場の前。紺のスーツに赤いネクタイだって」

「いってきまーす!」

 

 あんまり加齢臭が強くなければいいな。

 あれ、意外と優しい感じのおじさんだ。

 それに、いい香りがする。

 ラッキー!


「いやー、写真で見るよりずっとカワイイね。なんか感激した」

「えー、ありがとうございます」

「どこか行きたいとこある?」

「近くに猫カフェがあるんですけどぉ」

「猫、好きなの?」

「大好きでーす、フフッ」


 いやん、モフモフの猫ちゃんに癒される。

 こーんな楽ちんな任務だったら、よろこんで。

 ご飯も、大好きなオムライスを食べさせてもらった。

 そろそろ、時間も終わりというころ……


「そうだ、かわいいメグちゃんが、もっとキレイになるサプリがあるんだけど」

「ホントですかぁ?」

「ちょっと見て行く?」


 一瞬迷ったけれど、結局おじさんの車に付いて行った。

 

「ほら、カワイイだろ」


 おじさんが見せてくれたのは、ピンクや黄色や黄緑の、まるでお菓子のような色をした錠剤だった。


「わあ……、キレイ」

「いかにも美容に良さそうだろ?ビタミンとかコラーゲンとかいっぱい入ってるんだよ」

「すごーい」

「どう、試してみない?」

「え、いいんですかぁ」

「もちろん。メグちゃんに飲んでもらおうと思って持って来たんだよ」


 ふふ、じゃ遠慮なく……

 そのとき、


 コツコツ


 車の窓を叩く音がした。

 あ、貴教さん……


「はーいお兄さん、その錠剤は何ですか?」

「何って、ちょっとしたビタミン剤で……」

「そんなもん、JKに飲ませていいのかなあ?」

「……」

「それ≪エクスタシー≫だよな。署で話を聞かせてもらうぞ」


 おじさんは、警官に連行されていった。


「警部。あのおじさん、もしかして悪い人だったんですか?」

「ああ、すごく悪いヤツだ。たぶん反社会勢力とつながっている。JKを食い物にして稼いでいるのさ」

「≪エクスタシー≫ってどういう意味ですか?」

「うーむ……。バージンの君に説明するのは難しいな」


 ピキッ


「な、なに言ってるんすか。わかりますよぉ、そのくらい」

「わかったわかった。そんなに怒るなって」


 貴教さんの苦笑もステキ。


「あの錠剤を飲んだら、どうなったと思う?」

 貴教さんが、思わせぶりに言う。

「ど、どうって?」

「まず、頭がぼおっとして、しあわせな気分になる」

「いいことじゃないすか」

「そのあと、すごーく敏感になって、快楽に溺れてしまう。心も体もすべて弄ばれる。もうメチャクチャやられて、ボロボロになるんだぞ」

「え……?」

「そうなったら、もうヤツから逃れられない。クスリ欲しさに、売春でもなんでも

やるようになってしまうんだぞ」


 怖い、怖すぎます、貴教さん。


「助けてくれて、ありがとうございます」


 なぜかニヤリとする貴教さん。


「ホントはな、もう少しヤツを泳がせてから、背後の組織まで根こそぎ壊滅させようと思ったんだが……。そうすりゃ、出世は間違いなしだった」

「でも、そうなってたら私は……」

「まあ、メチャクチャでボロボロだったろうな」

「ひ、ひどい……」

「だから、助けてやっただろ」


 貴教さん。


「君が必要なんだよ」


 じっと見つめてくる。

 私、貴教さんのために命を懸けます!


「まあ、まだ他にも使い道はありそうだからな」


 アキバは今日も、JKとエロ親父がいっぱいだ。





 

 

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