第47話 帝国将軍vs鎧鍛冶
「ウインディアとやらも、あっけないものだな」
魔剣イクスプロジアの爆破攻撃によって破れた上着。
鋼のような筋肉をまとった男の肉体には、無数の魔法陣が刻まれていた。
「無様だ」
倒れ伏す騎士や冒険者たちをつまらなそうに見下した後、バアル・ド・レッドは冷徹な視線をルカに向ける。
「あとはギルドのヤツらを皆殺しにして、施設を奪うだけ」
帝国将軍。
それは世界に名を轟かせるガルデン帝国が誇る、最強の『矛』
「行かせるものか……っ!」
誰もが恐れ慄く脅威の前に、ルカは一人立ちふさがる。
「なんだ、ギルドに特別な人間でもいるのか? 名を聞かせろ。そいつは特別に――――誰より惨い殺し方をしてやる」
「ッ! お前は……俺が止める」
バアルはまたも、つまらなそうにため息を吐く。
「そんな言葉はこれまで千と聞いてきた。そして誰もが無様な死に方をさらしてきた。貴様ら弱者とオレの間には覆しようのない差が存在する。これから始まるのは戦いではない……一方的な虐殺だ」
バアルは、黒鱗の悪魔を呼び寄せる。
「――――ウォンクルス」
巻角の生えた頭部に空いた二つの穴が、赤く輝く。
ぶつ切りの下半身から垂れた灰色の血管を揺らしながら、悪魔がバアルの背に控えた。
「貴様はせめて、薄汚い鳴き声をあげてオレを楽しませろ。これは――――命令だ」
バアルがそう告げると突然、背後のウォンクルスが赤光の砲弾を吐き出した。
「ッ!!」
慌てて回避する。
巻き起こる爆発。次の瞬間、目前にバアルが飛び込んで来た。
「灼手」
腕に描かれた魔法陣が鈍く輝く。
直後、重たい音を鳴らして拳が叩き込まれた。
「ぐっ!?」
腹部に強い衝撃が走る。
【耐衝撃2】でも、これだけのダメージを!?
その恐ろしい攻撃力に驚きながらも、ルカは反撃に移る。
振り上げた左拳がかわされると、インベントリに戻しておいたキングオーガの剣で横なぎを仕掛ける。
その切っ先は、懐に潜り込んで来たバアルの頭頂部をかすめていった。
直後、回し蹴りがルカの側頭部に叩き込まれる。
「うぐっ!」
ぐわん、と視界が揺れた。
そこへ拳による連打を叩き込み、掌底へ。
強烈な一撃に大きく後ずさるルカ――――の足もとにかかる影。
「ッ!?」
振り返るとそこには、初見の倍はあろうかという巨躯を誇るウォンクルス。
体躯を大きく伸長させた悪魔が、巨碗を振り上げていた。
「二対一だ」
つぶやくバアルの声に、かすかに混じる嘲笑の色。
慌てて巨碗の一撃をかわす。
叩きつけられた悪魔の碗が砂煙を上げる中、再び放たれる赤光砲。
「ッ!!」
これをギリギリで回避すると、飛び込んで来たバアルの蹴りが再びルカの頭を捉えた。
「ぐああっ!!」
蹴り飛ばされた先は、またもウォンクルスの射程内。
「く、うっ!」
振り回された悪魔の爪が、ガリガリと鎧の表面を削り取っていく。さらに。
「背中がガラ空きだ」
「ッ!」
ルカはすぐさまバアルの方へ視線を向け、スレスレで拳打をかわす。
「いいのか? ヤツに背中を向けて」
続く蹴りを弾くと、足元に大きな影が伸びる。
「くっ、それなら――っ!!」
もてあそぶような口ぶりのバアルを斬り上げでけん制したルカは、即座に剣をインベントリに戻す。
そして左腕を『ミスリル』に替えつつ振り返ると――。
「――――魔力、解放ォォォォッ!!」
目前のウォンクルスを、魔力砲で消し飛ばした。
「なんだと……?」
まさかの事態に驚きを見せるバアル。
ここでルカは攻勢に転じる。
ガントレットを再びダマスカスに交換。
速度を上げた低空跳躍で一気に距離を詰め、放つは全力の薙ぎ払い。
「チッ!」
バアルは灼手でキングオーガの剣を受けた。
驚くべき硬度、しかしルカは止まらない。
さらに踏み込み、体重を乗せた斬り降ろしへとつなぐ。
これを再び灼手で受けにきたバアルを前に、インベントリを発動。
キングオーガの剣に代わり、ひたすら重く大きなハンマーが握られる。
「……なに?」
剣で斬れないのなら、馬鹿みたいな重量で勝負。
「グッ、ガアッ!!」
地を転がるバアルに、追い打ちをかけに行くルカ。
その視界を、赤い輝きがかすめた。
振り返ると同時に、ウォンクルスが放つ赤光。
「ッ!?」
「言っただろう? ヤツに背中を向けていいのかと」
蘇ったウォンクルス。
しかしこの状況は三回目だ。ルカはミスリルに換えた左手を突き出すと――。
「魔力開放――――キャノン!」
【魔装鍛冶LEVELⅤ-Ⅲ.魔力開放・砲撃】
それは新たな派生スキル。
放った魔力の砲弾が赤光弾にぶつかり、猛烈な爆発を巻き起こした。
二人の間を吹き抜けていく爆風。
鎧鍛冶ルカ・メイルズが、無敵と呼ばれる帝国将軍を上回り出す。
【滑走】で一気に距離を詰め、振り下ろした剣が受け止められたところで突き出す左腕。
「ッ!!」
【魔力開放】の威力を知るバアルは、とっさに射線上から飛び出した。
それこそがルカの狙い。
この無理な回避による隙を突いた振り払いが、バアルの胸元を切り裂く。
「ぐっ! ウォンクルス!」
踏み込んで行くルカの目前に現れる、漆黒の巨碗。
地面から突き出して来た悪魔の腕は、ナディアを一発で打ち倒した必殺の一撃だ。
ルカはここで大きく跳躍し、迫る腕をスレスレで飛び越えた。
中空から迫るルカの手には、キングオーガの剣。
「こい……つ!」
バアルは灼手でこれを受ける。
すると次の瞬間、忽然とキングオーガの剣が消えさった。
ルカは振り下ろした両手で、柄を握り直すと――。
「はああああああああ――――ッ!!」
返す『槌』
【パワーレイズ3】を駆使し、巨大ハンマーを全力で振り上げる。
「なんだと!?」
問答無用の一撃に再び弾き飛ばされたバアルは、その背を壁に打ち付けた。
「グフッ、ガハアッ!」
足元に、ボタボタとこぼれる血。
帝国将軍が、鎧鍛冶に圧倒されている。
「……褒めてやろう。貴様ごときがオレに手傷を負わせるとはな。特にその妙な鎧、防御はなかなかのものだ」
誰もが目を疑うような状況を前に、しかしバアルの態度は変わらない。
あくまでルカを『格下』と見下したままだ。
「だが。オレが殺すと決めた以上、弱者である貴様が惨たらしく死ぬことに変わりはない」
全身に刻まれた魔法陣が、光り出す。
ウォンクルスが消え、バアルがドクンと大きく一度痙攣した。
「見せてやろう。強者との絶望的な差というものを」
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