第46話 ユーリvsレドⅡ

 ……パチ、パチ、パチ。

 必死なユーリの姿に、レドはおざなりな拍手をしてみせた。


「剣技も速さも十分。思った以上の強さです。ですがやはり、手の内を知られているあなたに勝ち目はありません」


 そして呼吸を荒くするのユーリを、存分に見くだした後。


「そろそろ聞かせてもらえませんか? これから潰えるあなたの夢を。そうだ! もしかしたら感動のあまり、殺し損ねてしまうかもしれませんよォ?」


 そう言って、悪魔のような笑みを浮かべてみせた。



 ブランシュを出たユーリは一人、無我夢中でダンジョンに潜り続けた。

 鬼気迫るその姿は、さらに彼女を孤立させていく。

 そしてその孤高はやがて、彼女を窮地へと追いやった。


「はあっはあっ……」


 モンスターから受けた毒による高熱の発症。

 荒くなる息、震える身体、視界すらままならない。

 ダンジョンで一人きり。普通の冒険者であれば諦めてしまうほどの苦境。

 それでも。


「……死ねない…………何も……知らないままで……っ」


 その一心でユーリは、死にかけの身体を引きずってダンジョンを戻った。

 もはや、執念以外の何物でもなかった。

 それから、数日後。



「――――気をつけて」



 どうにか毒を癒したユーリは、鎧鍛冶の青年が発した言葉に足を止めた。

 思い返せばこの青年はいつも、出がけの自分にそう言ってくれていた。

 そして細かなところに気づいて、防具の補修まで申し出てくれる。

 ユーリは気づく。

 ルカ・メイルズは、この世界にたった一人『自分の無事を願ってくれる』存在だと。


「……言われるまでもない」


 それにもかからず、口を突いて出たのはそんな言葉だった。

 長らく続けてきた性格は、早々直らない。

 しかしそれからだ。

 ユーリのダンジョン攻略が無謀なものでなくなったのは。

 危険を顧みない進攻から、危機を見定める進行へ。

 ……きっとその言葉は、彼にとって何気ない一言だったのだろう。

 それでも。

 ただの一度だって『味方』がいなかった私にとっては、救いだった。

 だから、いつか返したい。

『ありがとう、気をつけるよ』と、その目を見て。



 ――――ここで私が負けたら、もうその想いはかなわない。



「ほらほら、早く聞かせてくださいよォ。どうせ死ぬなら最後くらい私を気持ち良くしてくれてもいいでしょう? イヒ、イヒヒヒィ」


 薄気味悪い笑い声をあげ出すレド。

 ユーリは、ゆっくりと立ち上がる。


「死ぬ?」


 そして『導きの十字星』を握り直すと。


「――――それは、どっちが?」


 再び地を蹴った。

 戦い方は変わらない。

 攻めを継続することこそが、勝利への唯一の道。

 大きな斬り上げから、剣を返して斬り降ろし、さらに踏み込んで横なぎを放つ。

 かわしたレドの振り下ろしをバックステップで回避し、その足が接地する寸前に――――【導きの十字星】を起動。


「ッ!?」


 あり得ないタイミングで放たれた高速の突きが、レドの腕を切り裂いた。

 ユーリは止まらない。早い踏み込みから再び横なぎを放つ。

 足を引くことで避けるレド。

 回避されることは予測済み。だからその手は、振り切らない。

 横なぎの終わり際に手首を戻し、剣の切っ先をレドへ向ける。

【導きの十字星】が、駆ける。


「チッ!」


 高速で戻ってきた刃先が、その頬に深い傷を刻み込んで行く。

 思わず舌打ちをしたレドは下がり、水平の【剣気】を放つ。

 とっさに地に飛び伏せるユーリ。

 これを好機と見たレドは即座に追撃に向かい……真っすぐ自分に向けられている切っ先に気づく。


「チィッ!!」


 気づいた瞬間の突撃。

 これを寸前のところで回避したレドに対し、ユーリは身体をひねる。


「があああッ!!」


 側頭部に叩き込んだ蹴りが、ついにレドを地に転がした。

 ユーリは【導きの十字星】に炎を灯し、追撃をかけにいく。


「勝負をつける!!」


 怒声を上げたレドに、ユーリは苛烈な攻勢を仕掛ける。

 弾かれるたび、消える炎。

 それでも再び炎を灯し、剣を振るい続ける。


「……まったく、ウインディアの猿どもはそろって頭が悪ィなあ!」


 レドが横なぎと共に放った【剣気】を跳躍することで避け、そのまま【導きの十字星】を走らせる。


「その手はもう効かねェェェェんだよ!!」


 レドは叫び、これを払う。


「どうしたァ! そんなんじゃ魔力がドンドンたまってくぞォ!!」


 吸収され続ける爆炎。

 それでもユーリは攻めることを止めない。

【導きの十字星】による突進を仕掛けにいく。


「効かねえっつってんだろォォォ!!」


 それは、刺突にみせかけた回転斬り。


「ッ!! オラァ!!」


 しかしその一撃も、レドの魔剣に弾かれた。

 思わずたたらを踏むユーリ。

 十数発分の爆炎を吸収したレドは勝利を確信、おぞましい笑みを浮かべる。


「――――さあ、全開放だ。死ねやガキがァァァァ!!」


 そのまま雄たけびと共に魔剣を振り上げて――。


「な……にッ!?」


 腕が、上がらない。

 見ればレドの剣から腕にかけてを、白氷が覆い尽くしていた。


「……その魔剣は吸収して『変換』するものではなく、吸収して解放するもの。だから炎を溜めた状態で別属性の攻撃を受けた時は、吸収できない」


 レイとの戦いでは電撃、ユーリとの戦いでは炎。

 相手と同じ属性の攻撃しか使っていないことから予想したレドの弱点は、見事に的を射ていた。

 ユーリの戦い方はもう、無謀などではない。

 敵を、危機をしっかり見定める。


「そして最後の回転斬りは氷結。私はまだ……手の内を残していた」


【導きの十字星】を握り直したユーリは、左手を真っすぐレドに向ける。

 右足を下げ、剣を持った右手を引く。

 それから右脚に、力を込めて――。


「駆けろ、十字星!」


 今度は外さない。

 地を走る彗星のごとき一撃が、レドの肩に突き刺さった。そして。


「――――ブレイズ」


 巻き起こる爆炎に肩口が吹き飛び、左腕がだらりと垂れ下がる。


「うぐああああぁぁぁぁッ!! こ、こここ殺してやる! おおおお前は必ず殺してェェェ……!!」


 倒れ伏し、怨嗟の声をあげるレド。


「…………!?」


 その目が――――ソレを捉えた。


「ア、ア、アア、アアアアアアアアアア――――ッ!?」


 響き渡る絶叫。

 見開かれたレドの狂眼に、映ったものは――――。

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