第34話 危機
残る頭は五つ。
先頭に躍り出たアレックスは【瞬動】で、喰いつきに来た五つの首を次々にかわしてみせる。
「アレックス!」
そしてさらに頭の一つを【断ち風】で斬り飛ばした瞬間、レッドフォードが叫んだ。
長い尾が、その身体を巻き込みにいくような軌道で迫ってくる。
「おっと!」
アレックスは慌てて【瞬動】による垂直跳躍で尾をかわす。
一方レッドフォードは、再び【剛盾】で受け止めにかかった。
その強烈な反動によって擦れた足元から砂煙が上がるも、ダメージはわずか。
一人で攻防のどちらをもこなしてしまう魔剣士二人は、まさにギルド最強格の戦闘を見せつける。
「――――危ないッ!」
突然、ルインが切迫した声をあげた。
余裕を見せたレッドフォードの背後から放たれる蒼い炎球。プロミネンスフレア。
「ッ!?」
目を疑う。
それを放ったのは、最初にアレックスが斬り落とした頭だった。
「再生が……早い!?」
とっさに魔剣を振るい、爆破の衝撃を前方に向けることで難を逃れる。
「ッ!」
しかし先ほど自分が吹き飛ばしたはずの頭が、さらに背後から毒液を放ってきた。
岩をも溶かす劇毒をギリギリのところでかわしたレッドフォードは、思わず息を飲む。
見ればついさっきアレックスが【断ち風】でつぶしたはずの頭も、すでに再生を始めている。
「連携も、情報より明らかに上だ」
「……まさか、個体差か?」
「どういうことだルイン」
「そもそもヒュドラは目撃されたこと自体が少ない。以前までの個体がヒュドラの中でも『弱い個体』で、今回が『特に強い個体』であれば、別物みたいな差が生まれてもおかしくない……」
それは勘に過ぎなかったが、紛れもない真実だった。
そして、ここから戦いは一方的になっていく。
アレックス目掛けて襲い掛かってきた二つの頭が、同時に炎を吐いた。
これを風の魔剣で切り払うも、三つ目の頭が牙を向けてくる。
死角からの攻撃を仕掛けられたアレックスは、回避が遅れた。
どうにか得意のダブルアタックで切り落とすも、再生してきた四つ目には間に合わない。
「うあああああっ!!」
喰われることだけは防いだものの、弾き飛ばされ地面に叩きつけられる。
「アレックス!」
レッドフォードは、倒れたアレックスに迫る二つの頭目がけて魔剣を引く。
「――――一点突破」
高速移動から放たれる『突き』
レッドフォードはこのスキルに爆破の魔剣を用いることで、驚異的な威力の一撃を放つことを可能とする。
アレックスを狙うヒュドラの頭が二つ、まとめて消し飛んだ。
さらに飛んできた炎弾を魔剣で打ち払って、叫ぶ。
「いったん立て直す! アレックスは下がれ! ルインは壁を作るんだ!」
「げほっげほっ、了解」
「分かった!」
レッドフォードの指示に、即座にアレックスが後退する。
ルインは杖を掲げ、魔法を展開。
「氷壁ッ!」
戦線を下げた二人の魔剣士とヒュドラの間に生まれていく厚い氷の壁。
その強度はプロミネンスフレアの一発や二発くらいなら耐え抜くほど。まさにパーティの最大防御だ。
「よし、これで一度立て直して――」
そう言いかけたレッドフォードの目が、それを捉える。
「おい、青の炎を同時に吐くなんて……ウソだろ」
絶望の声をあげるレッドフォード。
それはこれまで見た、どの情報にもなかった。
四つの頭が、同時に放つプロミネンスフレア。
口内に生まれた四つの炎球は、その色を橙から黄、翠から蒼へと変え――――炸裂。
「うああああああああ――――っ!!」
「きゃあっ!!」
四倍の威力を誇るプロミネンスフレア。
灼熱の蒼炎が氷壁を消し去り、四人は熱風に吹き飛ばされた。
「……そんな……強すぎる」
もはやこのダンジョン屈指の化物となったヒュドラを前に、倒れ伏すパーティ。
額を伝ってくる、一筋の血液。
身体を起こすことができたのは、最後尾にいたトリーシャだけだった。
――――そして。
すでに傷の再生を終えたヒュドラの赤眼が、トリーシャを捉える。
「……ッ」
立ち上がれない。
まるで地面に縫い付けられたかのように、身体が動かなくなってしまっていた。
ヒュドラはその八本の首を伸ばし、トリーシャに迫っていく。
やがてその頭の一つが口腔を開いた。
その内に灯る炎。
恐怖に震える彼女を助けられる者は、もういない。
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