第23話 ダマスカス

「来た、ダマスカスだ!」


 あげる歓喜の声。

 手元には、受け取ったばかりの新素材。

 さっそくルカは、ガントレットの製作に取り掛かり――。


「おーい倉庫くん」


 突然やって来た青年の声に、慌てて後ろ手に隠す。


「はいはい、何か緊急の修理依頼?」

「鞘を提げてるベルトがへたり出してんのよ、つーわけで新しいの頼む」

「先に受けてる仕事があるから、その後になるけど――」

「……へえ、そいつのランクは?」

「ランク? ちょっと分からないけど」

「なら階層は?」

「たしか18層って言ってたような……」

「それなら後回しでいい。俺たちの方がランクが高いんだ。できる人間の要望を先にこなす方が、結果的にギルドのためにもなるだろ?」

「でも、この辺りはしっかりしておかないと」


 何せダンジョン攻略には生活もかかってくる。

 後から来た依頼を大した理由もなく優先すれば、文句を言われるのはルカだ。しかし。


「今一番勢いに乗ってるパーティを足止めさせるなんて、あり得ないだろー? ――――明日までな」

「あっ、おい」


 しかし青年冒険者は止まらない。

 そのツヤツヤの金髪を払い、颯爽と鍛冶場を出て行った。



「――――なんてことがあってさぁ」


 ルカに「順番を抜かせ」と求めた青年は、その金色の髪をこれ見よがしに払ってみせる。


「あり得ないだろ? この【魔剣持ち】よりザコを優先しようなんてさあ」

「まったくね。あたしたちを誰だと思ってるのかしら」


 青年の言葉に同意したのは、見るからに高額そうなローブをまとった女性魔術師。


「まあ、戦闘職でねーヤツが判断力に欠けるのはしかたねーだろ」

「たった四年で36層まで来られる私たちみたいなパーティは、めったにいませんからね」


 大盾を手にした男と、弓を背負った短髪の女子も余裕の笑みを浮かべる。


「何せ俺は、騎士になる男だからな」


 金髪の青年は「ふふ」と得意げに笑う。

 事実ダンジョンで名を上げた冒険者は、王国に騎士として迎えられることがある。

 基本的には15歳の時に行われる儀式で得たスキルによって王国へ召し抱えられるのだが、ダンジョンでの成長によって騎士となる者も稀にいる。

 そんな冒険者はもちろん、羨望の対象だ。


「十年二十年かけて下層をはい回ってるザコなんかより、私たちが優先されるのは当たり前よね」

「ああ、俺たちには特別待遇がふさわしい」


 ギルドでは快進撃と言われる速度でダンジョンを攻略してきた、男女四人組のパーティ。

 先頭を行く金髪の青年が、不意にその足を止める。


「来たぞ……この階層のヌシだ」


 腰に差した美しい剣をゆっくり引き抜くと、刀身が目を覚ましたかのように輝き出す。

 それを見て、仲間たちも続々と戦闘準備に入る。


「――――俺の魔剣の威力、見せてやるよ」



   ◆



「すごい……」


 突然舞い込んだ仕事によって、大忙しだったルカ。

 それでもどうにか『全員分』の仕事を収め、今夜進むのは第36層。

 いよいよ上級者たちの主戦場と呼べる階層だ。

 そんな緊張感あふれる高レベル帯で、さっそく新素材の威力に感嘆する。

 新たな舞台に飛び込んだルカの、今夜の装備は以下のようになっている。



 全身(青銅)   :【耐衝撃1】【耐魔法2】【パワーレイズ1】【魔力開放1】【滑走跳躍1】

 右腕(ダマスカス):【耐衝撃3】【耐魔法2】【パワーレイズ3】【魔力開放1】



 マップ情報を熟読し、今回の攻略用にわざわざ青銅で打ち直した鎧。

 今回の攻略はどうやら、【耐衝撃】よりも【耐魔法2】が活きそうなのだ。

 武骨な鉄の鎧に比べ、少し『魔術師っぽい意匠』のあるデザインでの作成は、青銅の神秘感を思っての事。

『顔らしさ』を感じない無貌の作りだが、代わりに線や紋様を使った表現を施している。

 そして【パワーレイズ】のレベルダウンを補うのは、右腕のダマスカス。


「はあっ!」


 気合と共に振るったキングオーガの剣が、大蜘蛛の脚を斬り飛ばす。

 この階に棲む鋼蜘蛛は、文字通りその身体を鋼鉄に浸食されたかのような姿をしている。

 人間の背丈ほどもある身体を支える八本の脚は、男性の胴体並みの厚さがあり、かなりの剛性を兼ね添える。

 上級最初の壁と呼ばれ、恐れられる魔物だ。

 しかし右手のダマスカス製ガントレットに搭載されたレベル3の【パワーレイズ】が、鋼鉄の脚をあっさりと斬り飛ばす。

 わずか一撃で二本の脚を失った鋼蜘蛛を斬り伏せると、続けて短く早い跳躍で二匹の蜘蛛の合間に潜り込み、身体の回転を利用した振り払いを放つ。

 二匹の鋼蜘蛛たちが、文字通り消し飛んだ。

 まさに驚異的な攻撃力。

 しかしわずかな隙を突き、新たな鋼蜘蛛が飛び掛かってくる。


「ッ!!」


 それは見事な攻撃だった。

 大剣を大振りしたばかりのルカでは、今から刃を返しても間に合わない。


「――――インベントリ」


 しかしルカは手にしたキングオーガの剣をインベントリに戻し、そのまま鋼蜘蛛に拳を叩き込んだ。

 石のように硬い外角を持つ鋼蜘蛛が、その威力に身体をフラつかせる。

 するとルカはさらに拳打、拳打、拳打!

 右拳の連打で、蜘蛛の姿勢を崩すや否や――。


「出てこい、デカい剣!」


 再びキングオーガの剣を呼び出し、強烈な踏み込みと共に斬り上げを放つ。

 主導するのはあくまで右腕。

 青銅の左腕をほとんど添え物にした剣の振りで、鋼蜘蛛を真っ二つに斬り裂いた。


「右手だけだけど……本当にすごいな」


 出力を上げた【パワーレイズ】に、再び感動の声をあげる。

 しかし。歓喜する侵入者をダンジョンはそのままにしてなどおかない。


「ッ!?」


 ビシュッという鋭い音と共に、飛び散る多量の液体。


「これは……蜘蛛の巣?」


 辺り一面に張りめぐらされた鉄糸の網は、その粘度と強度によって獲物を締め上げる恐怖の罠。

 そしてその背後からゆっくりと姿を現したのは、鋼蜘蛛たちの親玉だ。

 特徴的なのは、サソリのように前面に伸びた尾。

 子蜘蛛たちよりさらに大きなその体躯で、鉄糸の発射口である尾を揺らす。


「なるほど、こうやって獲物を追い詰めるわけか」


 気がつけば、すっかり周りを蜘蛛の子たちに囲まれていた。

 一瞬にして叩き落された窮地。

 鋼蜘蛛たちは慌てることなく、しかし確実にルカとの距離を縮めてくる。

 これまでの階層も、決して甘くなどなかった。

 ただここは、すでに上級者たちの領域。

 求められるのは、もう一段回上の能力。

 そして現状は、誰が見ても『詰み』だ。

 それでもルカは、動揺など見せない。


「そういう事なら……押し通るのみ!」


 強烈な踏み込みから放つ、全力の横なぎが前方を固めた鋼蜘蛛を斬り飛ばす。

 さらに返す刃で二匹の脚部を切り落とすと――。


「今だ!」


 開いた手前の空間を利用し、【滑走跳躍】で宙に舞い上がる。

 それは本来悪手。

 真正面から飛び掛かるルカは、親蜘蛛には格好の的だ。

 案の定、向けられた尾からギラギラ輝く銀の糸が発射される。

 対してルカは、インベントリにキングオーガの剣をしまい左腕を突き出した。


「魔力開放――――ショット!」


 魔力の散弾で、鉄糸を突き破ると――。


「ショット! ショットショットショット!」


 連続で放たれる鉄糸を負けじと拡散弾で打ち破り、その距離を一気に詰めていく。

 鋼蜘蛛の親玉は、身体のほとんどを鋼鉄の外殻に覆われている。

 当然物理攻撃とは相性が悪く、生半可な攻略法で打倒できるような相手ではない。


「インベントリ!」


 そんな強敵に対してルカが右手に握ったのは、ただ異常に重いだけの鉄槌。

 それは、鉄と鉄とのぶつかり合い。


「さあ……勝負だ――――っ!!」


 前回のように、ただ敵に落とすのではない。

 出力を上げた【パワーレイズ】の力をフルに使い、鋼蜘蛛の親玉に鉄塊を叩き込む――!

 感触はほとんどなかった。

 鳴り響く重い圧壊音と共に、鉄のハンマーが深々と地面に突き刺さる。

 あまりに無情な決着。

 蜘蛛の子たちは大慌てで逃げ出していった。


「いける! この装備もいけるぞ!」


 王国ダンジョン36層の脅威。一度からみついたら終わり。

 取り去ることも身動きも封じられてしまう鉄糸と硬質な身体、そして群棲という性質。

 常に恐怖と共に語られる魔物の群れを一発で打破してみせたルカは、そっと鋼蜘蛛の脚に触れる。そして。


「…………鉄かぁ」


 これがまだ未鑑定の金属とかだったら……と、なんとも魔装鍛冶らしい言葉をつぶやいたのだった。

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