第12話 素材と搭載スキル
「おーい鎧鍛冶ィ、直ってるか?」
「はいよ。大きなへこみとかは、そのままにしておくといざって時に危ないから――」
「いいから早く寄こせって」
剣士の男は胸部鎧をひったくる様に奪うと、さっさとギルドを後にする。
「倉庫くんこれ直してー。この後すぐ出るから」
「今から?」
「当然だろ?」
続いてやって来た魔術師は、可動部分の鋲が取れた肩当てをカウンターに放って酒場へ。
こうなると、カウンターでの対応に追われながらの仕事になってしまう。
今日も便利屋として雑に扱われるルカ。
それはいつも通りのギルドの光景だ。
しかし。今日のルカには狙いがあった。
仕事をこなしながら、視線は常にギルド内を走らせ続ける。すると。
「来た……っ!」
ルカの視線が留まる。
そこには偉そうに肩で風を切って歩く、青年冒険者。
上半身はスマートな胸部鎧とガントレット。下半身にも同素材のグリーブを着けている。
狙いはその右腕だ。
どこか風格を感じさせる鈍い銀色。その表面に走る細かく美しい斜線。
そんな特徴を持つ金属の名は【ダマスカス】
鎧鍛冶をやっていると稀に持ち込まれる、超高級素材だ。
ルカは即座に青年の装備に視線をこらす。
すると、ベルトの皮がボロボロになっていた。
これはチャンスとばかりに、青年に声をかける。
「そのベルト、取り替えない?」
「……ああ?」
怪訝そうな顔で振り返る青年。
「せっかくのダマスカス。しかもこの美麗な装飾はミサグリオ家製作のものでしょう? これだけの鎧を持つ冒険者のベルト、ぜひ直させてもらいたいと思って」
そう言うと偉そうな態度の青年は、得意気に鼻を鳴らした。
「へえ、ちょっとは見所がありそうじゃねえか。いいだろう。せいぜい気をつけてくれよ、鎧鍛冶君?」
「ありがとうございます!」
さっそくルカは受け取ったガントレットを手に、ベルトの交換を進める。
もちろん【審眼】を発動しながら。
【ダマスカス】
耐衝撃:3
耐魔法:2
パワーレイズ:3
滑走跳躍:1
魔力開放:1
耐火耐熱:/
【耐衝撃】のレベルが3で、【耐魔法】も2だって? おいおい、【パワーレイズ】まで3あるぞ!?
【跳躍滑走】もあるし、【魔力開放】も使えるのか。
新しく出てきたのは……【耐火耐熱】
これはこの後覚えるのかな。
【/】は、レベルの存在しないスキルということだろう。
その優秀さに、思わず息を飲むルカ。
「どうだい、鎧鍛冶君?」
「ッ! いや、さすがダマスカスは違うなぁ。傷もないしゆがみもない。いい勉強になる」
「まあ、俺くらいになればこのレベルの物を扱えるようになるってわけだ。お前もせいぜいがんばれよ」
「ありがとう」
満足げな顔で立ち去っていく青年。
「よーし、これで一つ目の素材はクリアだ」
ダマスカスは予想以上の能力を持っていた。
しかし、これだけでは終わらない。
うまくすればもう一つ上質素材が見つかるはずだと、再び視線を走らせるルカ。
どこかにないか……どこかにないか……あった!
「それ点検させて!」
その視界に飛び込んで来た白銀のガントレットに、思わず声をかける。
「……やれやれ、また君か」
あからさまなため息をついてみせたのは、長い金色の髪をした剣士の少女だった。
細身の剣を提げた翠眼の少女は、冷めた視線と共に足を止める。
「今度はどこに問題が?」
「あ、ええと、前に直したガントレットの調子を確認しておきたくて……」
うっかり声をかけてしまったルカが、慌ててそう言い訳をすると――。
「心配性もここまで来ると病気だね」
剣士の少女は「まったく」と言いながらガントレットを外した。
「邪魔になったり干渉することは?」
「特にないよ。そもそもそれくらいのことで勝敗を決められてしまうほど未熟ではないつもりだからね。そんなことより急いでもらえるかな? こう見えて忙しいんだ」
「あ、ああ……大丈夫、問題なし」
「毎度毎度ごくろうさま」
ガントレットを着け直した少女は歩き出す。
「気をつけてな」
「言われるまでもない」
スラリとした体形の少女は再びため息をつくと、今日も足早にギルドを後にした。
「さすがに今のは軽率だったなぁ……」
冷や汗を拭いながらその背を見送ったところで、ルカは思考を切り替える。
【ミスリル】
耐衝撃:2
耐魔法:3
パワーレイズ:1
滑走跳躍:2
魔力開放:2
耐火耐熱:/
抗瘴気:/
……なるほど、ミスリルは【耐衝撃】と【耐魔法】の値がダマスカスの逆なんだな。
ただこっちは【滑走跳躍】と【魔力開放】が2もある。あとは……【抗瘴気】?
それがどういうものなのかは、後々スキルを覚えてから説明を見れば分かるだろう。
明らかになったのは、どちらの金属も極めて強力だということ。そして。
「これ、どっちだ? 機動力と【魔力開放】ならミスリルだけど、ダマスカスの【パワーレイズ】とは2段階も差がある」
二つの金属の間で、ルカは悩み出す。
「いや、鎧を作るならパーツで分けるのが正解か? 腕の部分だけダマスカスにすれば、物理攻撃では【パワーレイズ】の3を使える。【魔力開放】は1のままだけど……」
そしてここでふと、我に返った。
「……悩んでてもしょうがないか。いくら強くたってダマスカスやミスリルで鎧を作るなんて、とても無理だ」
そもそもどちらの素材もかなりの高級品。
もちろん鍛冶場に余ってたりもしない。
屑鉄ならまだしも、屑ダマスカス、屑ミスリルなんてものは世界中どこを探しても見つからないだろう。
こればかりはどうにもならない。
もともと安い給料なうえに、そのほとんどが寮費や生活費などで取られているルカには到底手が出ない代物だ。
直面する現実。
直した肩当てを魔術師に渡し、いつも通り修理依頼品と必要素材の確認に戻る。
「……そういえば。どっちの素材にも【感知】は載らないんだな」
不意に、先日覚えたスキルのことを思い出す。すると。
「おにいちゃん、これ直せる?」
「ん?」
カウンターに、一人の少年がやって来た。
おそらくギルド職員の子だろう、少年が持って来たのはおもちゃの剣。
「うわ、懐かしいな。このペカペカした感じ」
そのおもちゃは、とにかく軽い事だけが売りの金属ラミニウムで出来ていた。
金属としては皆無と言える硬度。
装備品にはまるで向いていないが、子供向けの玩具にはちょうどいい。
ルカは壊れた個所を確認しながら、その剣を手に取った。
【ラミニウム】
感知:/
発光:/
「ッ!」
そして、思わず目を見開く。
【感知】!! 【感知】はラミニウムで出てくるのか!
ルカは思い返す。
【感知】スキルの説明は確か……。
【――この技を以って作製された防具は、目的の物質の位置を感覚的に把握させる】
一転、変わる状況。
まず、【感知】でダンジョン内の『宝』に目をつける。
そのままダンジョンに向かい、敵が出たら鉄の兜に交換して戦う。
これなら目的の物を簡単に見つけて、最短で回収することができる!
ダンジョンで稼げるようになるんだ!
冒険者でないルカが単体でダンジョンに行っても、稼ぐのは難しい。
どこにどんな宝があり、それを得るためにどうすればいいのかを知らないからだ。
金を稼ごうとするのなら、闇雲に戦って階を降ればいいというものではない。
だが、【感知】があれば話は違ってくる。
「ラミニウムなら安価だし、ギルド内を探せば普通に出てくるはずだ。兜を作るくらいの量なら問題なく確保できるぞ!」
こうして日常を変え始めた【魔装鍛冶】は、ついにルカを冒険へと踏み出させることになる。
行こう……ダンジョンへ!
おもちゃの剣を手にしたまま、ルカは拳を強く握った。
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