裏垢女子

王生らてぃ

本文

 里美はウザい。

 いつもわたしにくっついてきて、友だちみたいな顔してる。



「ねえ、お昼一緒に食べよ」



 わたしの返事も聞かずに机をくっつけて座る。

 長い髪を後ろで軽く縛って、自分で作ったというお弁当をこれ見よがしに広げる。わたしはコンビニのサンドイッチを食べる。



「はい。食べる?」



 卵焼きをひとつ差し出してくる。わたしは一応受け取って食べる。

 出汁がきいていて、お店で出されるようなおいしさだけど、もぐもぐと食べるわたしを見て、ふふんと得意げにニヤニヤしている里美の顔が気に入らない。



「ね、今日も一緒に帰ろうよ。寄っていきたいお店があるんだ」



 放課後、こうやってたまに呼び出される。

 それで街まで連れ出されて、雑貨屋とか、ブティックとか、興味ないお店にまで連れていかれる。



「これなんかどう? 似合う?」



 知るか。勝手にしてほしい。



「ね、このヘアピン、あなたに似合うと思うよ。どう?」



 うざい。興味ない。

 ほんっとウザい。

 適当に流していたら、いつの間にかレジを通してきて、それを買ってきてしまった。



「そうだ、そろそろ冬休みだよね。どこかに遊びに行かない?」



 また適当に返事をしているうちに、いつの間にか解散になった。

 電車はそれぞれ反対方向。

 ようやく落ち着ける。

 カバンの中にはさっき押し付けられたヘアピンが入っている。小さな紙袋に包まれていて、リボンので包装してある。

 気持ち悪い。

 わたしはそれを駅のごみ箱に捨てて、ちょっとすっきりした気分で家に帰った。






 帰ってからわたしは、SNSの裏アカで今日のことを投稿した。



『まじで無理。うざすぎ。ダサいヘアピンなんか押し付けてきて。むかついたから駅のゴミ箱に捨てた。笑』



 裏アカは鍵をかけて、許可した人以外は閲覧できないようにしているし、そもそも誰にも許可を出していない。

 ため込んでおくよりも、こうやって吐き出す場があるのは大事だ。里美に絡まれるようになってから、ほとんど毎日こうしている。投稿数は五桁に達する。

 それからも、つらつら、つらつらと、いくつも里美の愚痴を書き込んだ。書いても書いても足りないくらいだ。お風呂に入りながらスマホでずっと文字を打ち込み続けて、何十にも及ぶ投稿を済ませるとようやくすっきりした。それで髪を洗って寝た。






「はい。これ、落ちてたよ」



 次の日、里美はにっこり笑いながら、紙袋をわたしに手渡した。

 昨日ゴミ箱にぶち込んだ、あのヘアピンだ。



「不用心だなあ。でも、財布とかスマホとか、そういうのを落とさなくてよかったね。気を付けないと」



 わたしはまた生返事をしながら受け取った。



「ね、今日もお昼、一緒に食べていい?」



 里美はいつも通り絡んでくる。

 わたしはちょっと怖かった。あの後、新しく買いに行ったのだろうか? そうだと思いたい。わたしが捨てるんだと分かってて、駅で解散した後に雑貨屋さんに戻った? そうじゃないとしたら……



「顔色悪いよ。大丈夫? 保健室行く?」



 大丈夫、と言ってわたしは里美から離れようとした。

 けど里美は手をわたしの額に当てて、それを妨げる。



「熱は……ないみたい。最近寒いからね、ちゃんとあたたかくしないと駄目だよ」



 その日、帰ってからすぐに裏アカを削除して、新しく作り直した。



『ゴミ箱漁ってきたのかよ笑。あの女マジキモい』

『軽々しく触るんじゃねーよ、ゴミ箱漁った手で笑』

『もはや呪いの品説』



 いろいろ書いてやった。

 けど、なんとなく怖くて、ヘアピンは外のゴミ箱には捨てずに、部屋の隅っこに放り投げておいた。






「そろそろ年末だし、お部屋の大掃除しなくちゃ」



 里美はひとり言のつもりなのか、わたしに言った。



「ね、ちゃんとお部屋の掃除しなくちゃだめだよ? ゴミはちゃんと、ゴミ箱に捨てて、まとめないとね」



 わたしはまた適当に返事をした。

 ほんとうにウザい。いちいち考えるだけでも疲れる。



「ね、今日もお昼、一緒に食べていいかな?」



 里美のにっこりと笑う顔を見ていると――

 なんだか、ほんとうに、嫌な気分だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

裏垢女子 王生らてぃ @lathi_ikurumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説