赤いきつねと緑のたぬきと青いほしと愛のははと黄いろいうさぎ。
ナカノ実験室
第1話『「即席うどん」という言葉が好きだった』
「何か食べたいもんあるか?」
母の言葉を思い出す。
「即席うどん」
と僕は返す。風邪を引いて、体調が戻ってきた頃に食べたくなる。鍋で煮込むうどんじゃなくて、カップのうどん。ミニの小さいやつ。カップ麺ならではの味、体力を取り戻そうとする身体に染み渡る。
「即席うどん」という言葉が好きだった。昔に読んだ漫画の主人公が使っていた言葉。バラックのような秘密基地でズゾゾッと美味そうに食べるシーンが好きだった。
ちなみに僕は、母に「即席うどん」と答えることが多かったが、即席の蕎麦も好きだ。
麺を食べ終わった後に、残ったおつゆに、ご飯をインする。食欲も戻り、回復は近い。七味唐辛子もいっぱい入れる。
「好きな食べ物は、何やったっけ?」
ある日、突拍子もなく母が聞いてきた。寒くなり、年末を意識しだす頃だった。「即席うどん」と返事したが、その日の晩ごはんは別の物だった。母は、その年末に死んだ。
うちの家は、父親が五十八歳と若く死んだ。一人っ子である私は、実家から、市内の菓子問屋に勤めていた。母のことを言い訳にするつもりはないが、縁がなかったから結婚はしなかったが、母一人子一人の生活は、楽しくもあった。
父の遺産があったし、私の稼ぎもあったから、生活はそこそこ豊かだった。母の介護の関係で、菓子問屋は早期退職したが、それなりに蓄えがあったし、今後の自分一人の生活は、それなりに大丈夫だと思っていた。
だけど、母がいなくなって、自分一人になった家にいると、自分の心の中に、家と同じ大きさの空洞ができたような気分になった。寂しい。そう、寂しい。
四十九日がすんだ頃、母の相続代理人を名乗る男が家にやってきた。預金や家、田舎にあるわずかながらの土地は、すでに相続していたはずだが、それ以外の物を母親が用意していたくれたらしい。二トントラックが三台乗り付けて、空き部屋にどんどんとダンボールを運びこんだ。
中には、私の衣服、下着、靴下などが詰まっていた。服屋が苦手で、よれよれの服を着て、母にどやされていたことを思い出した。一人になった私を案じて、用意してくれたのだろう。
別の箱には、私の好物も詰まっていた。赤いきつねと、緑のたぬき。同じ箱が沢山あり、それぞれが一年分。母が死ぬ前に、ふいに好きな食べ物を聞かれたことを思い出した。
荷物の運び込みが終わると、相続代理人と名乗った男は、「また、ご連絡差し上げます」と言って、帰っていった。
生前から、母は、私の将来を案じていたが、案じすぎじゃないかと思ったから、「案じすぎだよ」と呟いた。ダンボールの山を眺めながら、母と過ごした日々を思い出していた。
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