第18話 ESCAPE

 赤い宝玉は、偏愛だ。嫌われている存在を愛する。

 その為、嫌われていない存在とは相容れない。

 認識の問題だった。となれば簡単なことだった。


 佐那の認識を研究所から廬に変えてしまえば良い。研究所に好かれたいより廬に好かれたいと思うようにして、廬と既に恋人同士であることを認識させて愛されていると思わせることで宝玉は適正を失う。

 瑠美奈に愛されたいではなく廬に愛されたいと思えば既に恋人同士なのだから宝玉の意思に反している。可哀想だと思われない。佐那だってその方が幸せなはずだ。


「そう簡単に物事がうまく行けば交際なんて必要ないよね~」


 ヴェルギンロックで棉葉はけらけらと笑っている。真弥がいつものようにオムライスを食べている。廬は珈琲を飲んで笑う棉葉を不快に思いながら話を聞いていた。

 今日は瑠美奈を連れて来ていない。何故なら、瑠美奈に佐那の事を言えば、瑠美奈は佐那を愛そうとするからだ。その方が結果として楽だろう。瑠美奈に愛されることを望んでいるのなら瑠美奈が佐那を愛してやることが一番の近道だと誰もが知ってる。

 それならばどうしてそんな手の込んだ事をするかと言えば……。


「瑠美奈君がそんなに大切かい? 廬君」

「瑠美奈は宝玉を支配する側だ。わざわざ瑠美奈が気疲れする必要はない。俺が下準備をするのは当然のことだ」

「なるほど。確かにその方が瑠美奈君にとっては楽ではあるね~。この先の苦悩の為かい?」

「瑠美奈が相手にしてやる理由もない。重要なのは相手が宝玉を持っているか否か。それ以外はどうでもいい」

「佐那君を恋人にすると言うことも計画内で情はないと? それは余りにも人の心がないんじゃないのかなぁ~?」

「相手は俺たちを宝玉の力で眠らせて研究所の被検体として扱ってる。金を絞り取り尽きれば宝玉の適合者として実験し失敗すれば新生物の親である怪物の餌になる。心がないのはどっちだ」

「恋人の真似事をしている方がまだ優しいってね」


 優しいかどうかは廬には分からない。助けて欲しいと言われた手前相手を利用しているだけなのだから。

 もともと廬は瑠美奈が全ての宝玉を制御したのち瑠美奈の命が確固たるものになる事を証明する為に此処にいる。瑠美奈が生きている事が条件でしかない。

 佐那が研究所でどんな処遇だとしても、廬が必要なのは佐那じゃない。人魚姫が持つ宝玉だ。


「君って何処までクズなのかな~?」

「俺よりも研究所のやっている事の方が最悪だ。研究所のしている事は非人道的実験だ。瑠美奈が容認なしで増やされる。それが人道的だと言えるのか」

「言えないだろうね~。傍から見たらね。だが君たちは傍から見る事はもうできないだろう」

「俺たちはどう言う立ち位置なんだろうね。研究所からしたら宝玉の適合者を増やす邪魔をしているわけだけど、俺たちって一応民間人なんだよな」


 一応民間人なのは事実だ。特別な力は一つも持ち合わせていない。

 廬は瑠美奈を見つけて一緒に暮らした。瑠美奈の素性を知るために研究所に向かった。真弥はこの町で暮らして初めて研究所の真実に辿り着いた。

 二人とも特質したことは何もない。異動を命じられたただの会社員とただの駅員だ。

 それなのに研究所はそんな民間人二人を敵と見ているとしたらそれはそれでおかしな話だ。


「君たち二人だけなら相手にされていないよ~。問題なのは鬼の子がいるって事かな」

「瑠美奈ちゃんがいなかったら俺たちは狙われなかったって?」

「そう言う事だね~」

「だって、廬」


 真弥は廬の意見を求める。

 珈琲を飲んでいる廬はほっと息を吐いた。


「瑠美奈がいなかったら平和だったなんて事はない。いてもいなくてもこの町は研究所がある限り危険であることに変わりはない」

「それは違うと思うな~。お姉さん的に言えば、廬君が瑠美奈君を見つけなければ瑠美奈君は今まで通り山の中で暮らしていたはずだからね~。あと五年は山籠もりをしていたんじゃない?」

「それなら俺の所為にしたらいいはずだ。わざわざ瑠美奈の所為にするな」

「だって~廬君の所為にしたらしたで怒るじゃない! ふてくされて出て行かれたら話になんなしぃー」


 子供のように駄々をごねる棉葉を無視する廬に真弥は「そう言えば」と思い出したように言った。


「茶髪の少年って見た?」

「少年?」


 真弥はドッペルゲンガーを親に持つ双子の少年たちが人魚姫。佐那の近くにいるはずなのだと言った。残念な事に廬はそう言った子供は見ていない。

 憐は見かけたが、すぐに姿を消してしまった。それ以外はホワイトだけで茶髪の少年が佐那の近くにいたなんて知らない。


「そりゃあそうさ! 彼らはあくまでも人魚姫のファンでしかないからね~。間近なんてあり得ない」

「……以前言っていた事と違うんじゃない?」

「そうかい? いや~記憶喪失ってのは大変だ~」


 ドッペルゲンガー。顔を合わせると相手に殺されるとか死期が近いとか、いろいろと話は聞いているが、ドッペルゲンガーを親に持つ双子とはまたこんがらがってしまいそうな情報に廬は顔を顰めた。

 佐那の近くに研究所の誰かがいた場合、もしかしたらと廬は思っていることをそのまま口にした。


「俺が佐那と話した事も相手に聞かれていた可能性がある」


 佐那が裏切りの傾向にある事も、廬が佐那と付き合うことになった事も相手に知られたら研究所にその情報を与えることになる。それは何としても阻止するしかない。


「でも近くにいなかったんだろ?」

「壁に耳あり障子に目ありって言うからね。君たちの言うことは簡単に漏れるってことさ」

「……なるほど。あの営業員か」


 双子ではないが廬は記憶の中にいた客の一人を思い出した。

 研究所が佐那の行動範囲を把握していたとするなら、先回りして何も聞いていない一般客として喫茶店にいる事が出来る。ノートパソコンが研究所に繋げられていたとしたら佐那たちの会話なんて筒抜けだ。

 耳のイヤホンは研究所に指示を仰ぐためのものだろう。


「さてはて、ここで問題!」

「はてさてじゃないのかよ」

「それは置いといて。もしその廬君が言うリーマンが研究所の手引きした存在だとしたら、洗いざらい告白した佐那君はどうなるでしょうか!!」


 オーバーリアクションに棉葉は廬に問う。

 廬に救済を求めた佐那は研究所にとって裏切り行為になる。裏切った場合瑠美奈のように連れ戻される場合もあるが、表向きは佐那は研究所を裏切っていない。

 それに資金を集めるだけなら裏切っていようとやるべきことをやっていたら何も問題はないはずだ。


「佐那は新生物じゃないのか」


 廬が口にすると棉葉は不敵に笑った。


「新生物と言えば新生物と言えなくはない。だが完全には新生物じゃない。中途半端は新生物は嫌われて然るべきだと私は思うね」

「それが宝玉の条件か。俺がしようとしている事の正反対の事を研究所はしようとしている」

「そうじゃなければ佐那君の価値なんてたかが知れているからね。そもそも彼女は本来研究所に入ることすら許されない存在さ。今の処遇も彼女からしたら贅沢ってものだよね~」


 今の待遇も贅沢だと言うのに今以上を求めるなんて恥知らずだと棉葉は言う。

 新生物であって新生物じゃない。言っている意味を廬は理解出来なかった。新生物しか宝玉を持つことが出来ないのだろうならば、佐那は新生物で間違いじゃないのではないのかと疑問が尽きない。


「勘違いしちゃいけないぜ~。佐那君はあくまでも仮の器なのさ。瑠美奈君みたいに完璧支配しているわけじゃない。瑠美奈君が百パーセント支配しているとしたら佐那君は四十パーセントくらいしか支配できていない。完璧に支配出来ていなければ持っていたって仕方ない。厄災はやって来るし身体に支障もきたす」

「あ、なるほど。だから」


 真弥が合点が言ったと手を打った。一体何が分かったのか首を傾げる廬に「厄災が来るから分割しているんだ」と説明を始めた。


「瑠美奈ちゃんが宝玉を支配していない状態で残り三つの宝玉を研究所の一か所に集めてしまうとその地域に厄災が襲って来るかもしれないだろ? だから、佐那ちゃんのようにそう言う適正が少しでもある子に少しの間預かってもらっているんじゃないかな?」

「Great!? 佐那君は所詮は宝玉の力を他の地域に分散する為の入れ物でしかないのさ! だから、別に佐那君が裏切っても研究所は痛くも痒くもないけど、佐那君が宝玉を持っている状態で裏切ってしまうと瑠美奈君の手に渡ってしまう事を危惧しているんだよ~」


 真弥の考察は当たっていたようで棉葉はまたオーバーリアクションをして拍手を贈っている。余り嬉しくない称賛だと廬は横目に見ながらヴェルギンロックを出る為に席を立った。


「廬? どこに行くんだよ?」

「知りたいならそこの情報屋が知っているんじゃないのか?」

「ふふ~ん。行くなら気を付けていきたまえよ~」


 棉葉は手を振って廬を見送った。

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