心に残った淡いシミ
九傷
心に残った淡いシミ
――謹賀新年。
その他、賀正やら、迎春やら、新春やら、Happy New Year やら……
世間は新年を迎え、あけましておめでとうで溢れかえっている。
全く、何がそんなにおめでたいのやら……
そんな風に考えてしまうのは、私がひねくれているからだろうか?
(………)
周囲を見渡すと、どうやら必ずしも全員の景気が良いというワケではなさそうである。
新年早々に無気力そうな表情でバイトに勤しむ青年、雪の降る中、命からがら年を越せた浮浪者、それを嫌そうに取り締まる警官、etc…
彼らは少なくとも、年が明けたからといって、めでたい等とは思っていないだろう。
(……まあ、だからといって、私がひねくれていない証明にはならないけどね)
そんな益体もないことを考えながら、私は行く当てもなく駅前の通りをブラブラと歩いている。
積雪量は大したことないが、普通の靴なのでそれなりにしんどい。
そんな状況でわざわざ外に出てきた理由は……、思い出せなかった。
強いて言うなら、家の中が退屈だったから……? かもしれない。
(ああそうか、大した理由も無かったから、思い出せないのか……)
自問自答で答えが出てしまった。
これは、大変珍しいパターンである。
大抵の場合、自問自答した所で、答えなど見つかる筈もないからだ。
(で? それが何か?)
私はさらに自問自答し、今度は答えを出さず、ただ苦笑いをする。
した直後、ここが外だということを思い出し、慌てて表情を取り繕う。
(誰も……、見ていない……、よね?)
危ない、危ない……
今のは我ながら、かなりキモイ笑い方だったと思う。
もし同じ学校の人間が見ていたりしたら、私はキモ笑い女のレッテルを貼られていたかもしれない。
(……でもまあ、最初からそんな心配、するだけ無駄だったかな)
世間は、私に対し無関心である。
試しに、ちょっと短めのスカートで歩いたことがあるが、その時も私に対し、誰も目を向ける人はいなかった。
今日だって、元日に女の子が一人でブラブラ歩いているというのに、すれ違ったチャラ男にすら声をかけられない。
(……まあ、別に声をかけられたいワケじゃないけど)
ただ、目も向けられないのは少しだけショックだった。
私は自分のことを、魅力の無い女だと思っている。
顔は普通……、だと思うので、化粧などで飾り付ければ、多少は見れたモノになるだろう。
しかし、私にはそれをする気がない。
スタイルは普通だけど、ここからしぼる気も盛る気もない。
ただ、ありのままで良い……、そう思うことこそが、私に魅力が無い最大の理由だと思う。
(……それでも、人の目を意識してしまうのは、やはり私が女だからなのだろうか?)
まあ、見られたら見られたで嫌だし、正直良くわからない部分でもある。
(でも、そういえば一度だけ、私のことを見てくれた人がいたよう……、な……?)
そんなことを思い出しながら、私は何の気なしに路地裏に踏み込む。
薄暗く、人気のない路地裏……
普段の私であれば、絶対に踏み込まないような場所だ。
それなのに何故か、私はこの場所を知っている気がした。
(一体、何故……?)
そう思った直後、私は不覚にも足をもつれさせ、よろけてしまう。
その際、視界に何かが写り込んだ。
(……これは、血……? っ!?)
雪で敷き詰められた路地裏。
その一点に、赤黒いシミができていた。
そしてそれを見た瞬間……、私は全てのことを思い出した。
「そう、それは……、君の血だよ」
「っ!?」
声が聞こえた。
その声は間違いなく、あの時の……
私は声の主の姿を確かめるべく、視線を上げようとする。
上げようとして、私の意識は途絶えた。
…………………………
………………
……
意識が戻る。
いつの間にか、私は川沿いのベンチの上で寝かされていた。
「目覚めた、かな?」
そう声をかけてきたのは、先程の声の主である。
私は今度こそ、その声の主を視界に捉えた。
「おはよう、って言うのも変か……。それにしても、驚いたよ」
「……何が?」
声の主である青年が言葉を止めたので、私は誘われるように問い返してしまう。
「……いや、なんて言うか……、幽霊って、気を失うんだね」
……幽霊。
それはやはり、私のことなのだろうな。
「……そう、みたいですね。私も初めて知りました」
「ははは、そりゃそうだろうね」
私に幽霊の知り合いはいないし、身を持って体験するしかなかったのだから仕方ないだろう。
それにしても、私はこんな風に普通に話していていいのだろうか?
この青年は、恐らく私を殺した相手だというのに。
「……ごめん。こんなことをしでかしておいて、笑っちゃ駄目だよな」
私の表情から何かを察したのか、青年が俯いて表情をかみ殺す。
私はそれを見て、何故だか罪悪感を感じてしまった。
「あ、いや、別にいいんですよ! 過ぎてしまったことですし!」
って、私は何を言っているのだ?
過ぎてしまったことだからって、反省しない理由にはならないだろう。
大体に、被害者である筈の私が、何故罪悪感を感じている?
「過ぎてしまったこと、か…。君には、本当に済まないことをしたと思っている」
青年はそう言うと、先程よりもさらに悲痛な面持ちで俯いてしまった。
(う~ん、そうは言われても、何故だか本当に気にしていないんだけどなぁ……)
実際、私は自分が死んだということを左程気にしていなかった。
恐らくだが、私がこの世に未練がなかったせいだろう。
私はこの世に無関心だったし、世間も私に無関心だった。
だから未練が残っていない……、理由としてはこれが一番しっくりくる気がする。
「……………」
そんな風に自分の中で結論付けたのだが、青年は一向に口を開く気配がない。
仕方ないので、私は自分から会話を振ることにする。
「あ、あの、こんなことを聞くのって変かもしれないですけど……、なんで私を殺したんですか?」
青年は私の問いに、ピクリと反応する。
暫しの沈黙を挟み、青年はゆっくりと口を開いた。
「誰でも良かった、って言ったら怒るかな?」
「………」
それは、流石にちょっと頭にきたかもしれない。
「も、もちろん冗談だよ? ……いや、最初はそのつもりだったんだけどさ」
青年は顔を上げ、私の顔を斜め下から見る様な目つきで見てくる。
「最初は、本当に誰でも良くて、誰かを、刺そうと思ったんだ。そうすれば世間は俺に注目するだろう……って」
「……」
「そんな時、君を見つけたんだ」
青年は、私に凄く惹かれたのだという。
私を目で追い、ついには本当に追ってしまう程に……
それを聞いて、私は凄くドキドキした。
心臓なんて無い筈だから、きっとコレは心がドキドキしているのだと思う。
「……でも、じゃあ何で私を殺したんですか?」
先程と同じ質問……
でも今度のは、意味合いが少し違う。
「君に惹かれた理由が、わからなかったからかな。勘違いだと思いたかったから、君の存在を消そうとしたんだ」
青年はそう言いながら、妙にスッキリとした顔つきになる。
言葉にすることで、自分の中の疑問が解消されたのかもしれない。
「……結果は、どうでしたか?」
「……駄目だったね。どうやら僕は、本当に君のことが好きになってしまったのかもしれない。こういうのを一目惚れって言うのだろうか?」
そんなことを言われても、私にわかる筈がない。
そもそも、その一目惚れの相手を殺すとか、やっぱり変じゃないだろうか?
……ただ、惹かれた理由については、容易に想像することができる。
ごくごく単純な話だ。
私と彼は、そっくりなのだ。
「……さて、僕はそろそろ行こうかな。こんな所で、君を引き留めるのも悪いしね」
それは、私が地縛霊になる心配……?
私は折角なので、暫く幽霊ライフを楽しもうとか前向きに考えていたんだけど……
っと、それよりもまだ聞きたいことがあったのだった……
「あの、貴方って……、霊能力者か何かなんですか?」
「……ははは、違うよ。……それじゃ、俺が言うのもなんだけど、元気でね」
そう言って、彼は私の前から消えた。
そして私の意識も、そこで途切れた。
次に目覚めた時、私は病院のベッドにいた。
~epilogue~
後から聞いた話だが、私は青年に直接病院に運ばれてきたそうだ。
刺した直後に、自分で病院に運ぶってどうなんだと思ったけど、大晦日だし雪だしで、救急車なんて発想にならなかったのかもしれない。
その後、彼は行方をくらまし、後日川で溺死しているのが発見されたそうだ。
警察は、殺人未遂ののち、入水自殺をしたと結論づけた。
私は今、花束を持って、あの川辺のベンチへとやって来ていた。
こんなことをする義理はないのだが、まあ一応というヤツである。
あの青年のお陰で痛い思いはしたが、色々と得られるものもあった。
世間の関心、親の関心……、まあ色々だ。
まあ、代わりに貴方は、世間では異常者扱いですけどね。
……だからせめて、私だけでも、貴方のことをわかってあげたいと思う。
似た者同士として、ね。
心に残った淡いシミ 九傷 @Konokizu2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます