僕はパンダになりたい

星乃秋穂(ほしのあきほ)

第1話 僕はパンダになりたい

 俺はパンダになりたい


ポカポカの春の日差しの下、俺は上野動物園に遊びに来ていた。俺はパンダが大好きだった。もしも、生まれ変われるのならパンダになりたいと思うほどである。なぜって寝ている姿だけでも愛くるしいからである。笹を食べながら、ゴロゴロし、ある時はタイヤを転がし、またある時は滑り台で遊ぶ。寒い時は温室の部屋へ行きくつろぎ寝る。ほぼナマケモノと同じだが人気度が違う動物園と聞けば真っ先にみんながパンダと答えるのだからその人気はナンバーワンである。

 「俺、生まれ変われるのならパンダになりたい・・」

 「えー。健ちゃん。こんな強面な顔なのにパンダになりたいの」

俺の名は沢村健二。暴力団によく間違われる。寿司職人。しかし、腕は確かなので人気の寿司屋を営んでいる。隣でくすくす笑っているのは彼女の相沢奈緒子、二歳年上のお姉さんだ。

 「あーでもわかる気がする。健ちゃん子供にもよく怖いヤクザだー。て叫ばれたものね」

「ああ・・。好きな映画がジブリって言っただけでも嘘だろって言われるしな」

何か足元に違和感を覚えた。すると園内放送が流れた。

『ただいま、蛇が一匹逃げ出しました。お客様に申し上げます。近くの室内に戻るようお願いします。安全が確認されるまで職員に移動してください』

「蛇・・・・。えっ健ちゃんの足に絡みついているよ」

「は?・・まさか・・」

「シャー」

喉を鳴らした蛇が健二の足をガブリと噛んだ。奈緒子は慌てて飼育員を探しに駈け出した。

それから健二は倒れて意識が無くなりかけた。救急車に運ばれ奈緒子が涙を浮かべて「大丈夫」と繰り返していた。俺はうわ言のように「俺・・死んだらパンダになる・・」そんなことを口にしたらしい。

 消毒のにおい。ゆっくり目を開けるとそこは病院だった。俺は確か蛇に噛まれて病院に

搬送されたのか。しかし身体が重たい。これも解毒剤の症状なのだろうか。まあいいトイレに行きたい。布団をめくると身体が着ぐるみを着ていた。ふわふわの黒い腕。ふんわりの白い腹。頭が混乱した。

 え・・・・。なんだこの格好。もしや・・・。俺、パンダの姿をしてるのか。

ははは・・・・。でもこれ着ぐるみだし、脱げるだろう。せーの。

まずは頭から取ろうとした。しかし、普通の身体みたいにくっついている。いや、同化している。今度は身体から取ろうとした。しかしまるで自分の身体に毛が生えたように痛いのだ。

 うあああああ・・・・・・。

とにかく、もう我慢できない。トイレに行こう。そこから考えよう。よし、トイレだ。

パンダが病室を歩くとみんな驚いた。そりゃそうだが仕方ない。トイレに行きとりあえず便座に座った。もう我慢できなかった。こりゃ着ぐるみの中はおしっこでびしょびしょだなと確信した。しかしすんなり人間というかパンダのまま、尿が出たのだ。

え、どういうこと俺マジでパンダになったの。確か蛇に噛まれた。じゃあ転生したの。子供のパンダじゃないよ。大人のパンダになっているよ。なんじゃそりゃー。

 よくわからないまま、トイレから出た。しばらくして、ふらふらと元の病室の前まで来た。すると、正面から奈緒子が手を振って呼びかけてきた。

「健ちゃん。やっと目覚めたのね。よかったー。生き返って心配してたのよ」

おお・・。奈緒子。お前、俺だと分かるんだな。

ちゃんと喋ろうとしたが言葉が出ない。

「アワアアア・・ワワアア」

どうした。俺、人間の言葉がしゃべれない。俺の身体いったいどうなちゃたのー。

「落ち着いて、健ちゃんはなりたがってた。パンダに本当になったの。」

マジかよ。

「きっと、混乱するからお医者さんと一緒にお話ししようね。じゃあ、病室に戻ろう」

コクンと、頷くと静かにベットに戻るとなんだかお腹がすいてきた。声が出ないので

そわそわしてると奈緒子は察して、マジックペンとスケッチブックを用意してくれた。

「さあどうぞ」

なんか食べたい。そう書くと分かったと言ってベットの下に用意してくれた。笹を一本

手渡してくれた。

俺を試しているのか。こんな笹が美味しいわけがない。しかし、俺は我慢できなかった。よだれが出るほど竹を食べてしまった。なんだこの美味さ。寿司の飾りにしか使えなかった笹が美味い。美味し笹。

「うん、うん、美味しいんだね。笹が美味いなら立派なパンダだよ。健ちゃん」

パンダ、やっぱり俺はパンダになったのか。

しばらくして、四十代後半の医師と付き添いに二人の背広を着た、動物園で何回かみたことがある飼育員の人が訪れた。

「はじめまして、沢村健二君。君は動物園で逃げ出した蛇に噛まれて毒にやられて危篤状態だったんだ。そして、君はうわ言のように次に生まれ変わったらパンダになる。と呟いていたんだ。」

で、なんでパンダになったんだ。

「特殊な蛇で解毒剤がすぐに打てなくて違う薬を使用しました。中国四千年の秘薬を使わしてパンダの心臓と蛇の毒を煮込み何か月もかけて作りまた、方法はわからない薬草を組み合わせ、人間をパンダにしてしまう薬を作り出したんだ」

普通、そんな危険な薬使用する?。危険極まりないじゃないか。

「まあよくあるじゃないか。人魚の肉を食べると不老不死になるとか」

俺の人生これからパンダですよ。

「まあ、無事に薬も効いてこれからは飼育員の方々と仲良くしてください」

「アアアアア・・・・・・・」

「大丈夫よ。健ちゃん。着ぐるみで仕事している人もいるし、うまくいけばバイトのCMくるかもしれないよ。みんなに愛されるよ」

案外、前向きだな。奈緒子。

「実はこの薬。約一週間経つと本当のパンダになってしまいます。人間の言葉も字も理解できなくなって普通に動物園で過ごすことになります」

「え、私そんな話聞いてません。命が助かるならパンダになりますがいいですか?といわれただけですよ。パンダとして働くことになるって・・・」

「今、中国からパンダを借りると約一億支払いがあるんです。でも、人間がパンダになるならその半額の五千万円が入ることになります。」

えっ・・・・・。俺レンタルなの。

「ありがとうございます。健ちゃん。動物園で飼育されたらいいよ」

それって、ありえないだろ。俺の事なんだと思ってるんだ。奈緒子・・。

しばらくして両親と弟がやってきた。医師と飼育員の話を聞いて、納得した顔をした。

「兄貴がホントのパンダになっちゃうんだ。いや…。レンタル料として五千万毎年もらえるなら親孝行だよ。たまに動物園行くよ。」

俺の弟、大輔は笑顔で俺に話しかける。お前には一銭もやりたくない。

バンバンとベットについてある机を叩いた。

「はい、はい」

飼育員の人が笹を取り出した。

俺は別に食べ物が欲しいわけじゃない。

と思いながらも笹をむしゃくしゃ食べ始めた。

あ、美味しいちょっと幸せ。

「健二。お前ほんとに可愛くなったな。これなら動物園でも愛されるぞ」

オヤジ・・・。金に目がくらんだな。悲しくなくて嬉しそうだな。

奈緒子は勇気を出して両親に声をかけた。奈緒子は既に彼女と紹介してあるから平気だ。

「まだ、健ちゃんはパンダじゃなければ、私に思い出を作らせてください。遊園地にいったりデートさせてください。一生のお願いです」

「いいんですか?。パンダと歩くと目立ちますよ」

「いいんです。だって健ちゃんパンダなんですよ。記憶が無くなる前に思いで作りたいじゃないですか。それにもともと怖いヤクザみたいな顔でめだっていましたよ」

「いいじゃない。奈緒子さん。一緒に出かけてください」

母親は涙声で一言言った。

「健ちゃんどこ行きたい?」

健二は迷った挙句。奈緒子に紙とペンを渡され「浅草寺と花やしき」と書いた

すると奈緒子は優しくだきしめてくれた。

「わかった健ちゃんの好きなところに連れて行ってあげるからね。」

おもわず健二は泣き叫んだ。「ウううう…」と言った。

しばらくして飼育員の人が声をかけてきた。

「パンダになる。健二さんのことをこれから名前を公募しましょうか?まあ動物園の中で

健二君と呼ぶのもなんですしねえ・・・」

「ケンケンがいいです。」

母親は泣きながら立ち上がった。

「健二だからケンケン子供の時そうみんなから呼ばれていました。いいネーミングでしょう」

「なるほど、わかりました。ではこれからケンケンと呼ばせてください。そちらの方が早く返事ができるように訓練するんです。ちびっこたちに慕われるように愛称がいいとお客さんが喜んでくれますし、飼育員も楽なんです」

そして今日から俺はケンケンになった。人間からパンダになってしまったのだ。

翌日、浅草に出かけた。大きいパンダでは電車に乗れないのでワゴン車に乗って出かけた。運転は奈緒子がしてくれた。助手席には乗れないので二人分の席で後ろに座った。

自分を見かけて、こんなにも大勢の子供たちが自分に手を振ってくれるなんてことは今までなかった。駐車場に止めて浅草寺につくと今度は外人に呼び止められ写真を一緒にとってくれとせがまれた。まるで芸能人扱いだ。もっとも浅草演芸場が近くにあるから着ぐるみを着ている芸人だと思われているかもしれないがとても嬉しかった。

花やしきに着くと子供たちが群がってくる。慌てて奈緒子がイベントの業者じゃないといった純粋に遊びにきたと大声でいってくれた。

結局、ジェットコースターしか乗れなかったが最高の思い出になった。人間としてあそべたのはほんのわずかな日々だった。一週間が過ぎ本当に健二はケンケンとして動物園でパンダとしてデビューするとその可愛さに大勢の観客に愛されるようになった。

 誰もヤクザのように見えた寿司職人だと気がつかないだろう。完璧に別の生物になってしまったのだ。しばらくして奈緒子から手紙が来た。

 ケンケン、夢が叶ってよかったね。まさか死ぬ前にパンダになるなんて思いもよらなかったよね。ケンケンの関連商品も飛ぶように売れているよ。来年には中国から来たアンアンっていうメスのパンダが来るんだってもう子供が期待されているんだよ。奈緒子はケンケンに悪いけどもう別の人間の男の人がいるの驚かないでね。貴方のレンタル料金にめがくらんだわけじゃないのよ。でも弟さんの大輔さんが慰めてくれて私たち相性もよかったたの来年には子供が生まれるわ。ちゃんとしあわせになったわ。心からありがとう。

                                 奈緒子より

                                   おわり

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