ポストから伸びる手
阿々田幸汰
ポストから伸びる手
昔からあるんすよね、俺、霊感が。
今、週4くらいですかね。ピザ屋で配達のアルバイトやってるんですけど。
今日はそこで体験した話です。
俺はもうそのバイトを2年くらいやってて、ある日、最近入ってきたばかりの新人、実名じゃあれなんで、一応Aくんってことにしときますけど。
そのAくんに「先輩、ちょっと相談したいことがあるんですけど」って、バイト帰りに呼び止められたんすよ。
Aくんとは別にそれほど親しいわけでもないんで、「なんだろ?」って感じだったんすけど、まぁ、その日は暇だったし、ファミレスで飯でも食いながら話を聞くことにしたんですよね。
とりあえず食い物を注文して、ドリンクバーからお互い好きな飲みものを持ってきて、ちょっと落ち着いてから、「で、どうしたの?」って、Aくんに聞いてみました。
最初はなんだか言いづらそうにしてたんですけど、そのうち「あの・・・、ちょっと噂で聞いたんですけど、先輩って霊感があって、幽霊とかにくわしいんですよね?」って、Aくんはまわりを気にしながら、ぼそぼそ話しはじめました。
「ああ・・・ね」俺はあいまいにうなずきました。バイト先の古株の連中には俺の霊感のこと知ってるやつもいるんで、そのうちの誰かから聞いたんだろうなと、納得したわけです。
「それがどうしたの? まさか、きみんちにおばけが出たとか?」
俺は冗談のつもりだったんすけど、Aくんは真顔でうなずきました。
やっかいだな、と俺は正直思いました。俺、子供の頃から、よく見たり、聞いたり、触ったり、触られたりしますけど、別に霊媒師というわけでもないもんで。なにに取り憑かれてるのかみてくださいとか、祓ってくださいとか言われても、そういうノウハウとか能力を特に持ってるわけじゃないんですよね。
でも、頭ごなしに「悪いけど、してやれることはなにもない」というわけにもいかないんで、Aくんになにがあったのかくわしく話すように言いました。
Aくんの話はこうでした。ピザ屋では配達が少ない暇な時間にチラシを各家庭の郵便受けに配るポスティングって作業をするんすけど、まぁ、これがカッたるいんです。なにしろバイクを降りて一軒一軒回ってくわけだし、二階建てのアパートが続いたりすると、階段上がったり降りたり大変なんですよね。
で、基本、郵便受けに“チラシお断り”とか、明らかに空き家のとこなんかにはチラシ入れないという決まりごとがあるんです。
でも、Aくん、出来心から、けっこう広めのあるエリアを配るとき、一軒の空き家のほら、あるじゃないですか、ドアに切れこみみたいになってるポスト。あれにチラシを百枚くらい入れちゃったらしいんですよ。百枚くらい処分したら一時間くらい短縮できるかなってとこです。夏だったし、この一時間は大きいってわけで、それ以降、そこにいくたびに百枚、それがそのうち、二百枚くらいは放りこむようになって。
ある日、いつものようにそのドアのポストにチラシを押しこんでたら、突然なかから指がガサガサって出てきて、Aくんの手首をつかもうとしたらしいんですね。Aくん、ビビったけど、最初は「しまったっ! 誰か住んでたんだ!」とか思ったらしいんです。でも、ちょうど日が暮れた頃だし、やっぱ家の中は真っ暗で、人の気配もないわけです。次に「ホームレスが住みついてんのか?」ともかんがえたらしいんすけど、Aくんをつかもうとした手は指どころか手首まで出てきてたらしいんで。
そのドアについてるポストには子供の手だって通るわけがない。それはいつもチラシを放りこんでた、Aくんが誰よりも知ってたんすよね。
Aくん、その場に凍りついちゃって。そしたら、また出てきたらしいんです。
指が四本、ガサガサって。そしてそのうち蜘蛛みたいに親指から手首くらいまで。Aくん、慌てて店に戻って、その日は早退したということでした。
「う・・・ん、聞いたかぎり、人間と思えないのは確かだね」と俺は言いました。「まぁ、とにかくこれに懲りてその家には近づかないことじゃない? チラシを大量に空き家に捨ててたことが店長にバレたら即、クビだし」
「先輩、それで終わったわけじゃないんです」と、Aくん。
「え? まだなにかあったの?」
あっちの世界にも縄張りみたいなもんもありますし、こっちからちょっかい出さない限り、向こうからしつこくしてくることはあまりない、というのが俺の認識なんですよね。
「おとといの夜、ぼくのアパートに来たんです」
「そいつが?」
俺の言葉にAくんは震えながら、うなずきました。
おとといの深夜、Aくんが一人でゲームをしていると、アパートの階段をあがってくる足音が聞こえてきたらしいです。珍しいことでもないんで、はじめは気にしてなかったらしいんですけど、その足音がどこか普通じゃなくて、思わず耳をすましたらしいです。なんかですね、片足を引きずるような、ズズっ、ズズって、そんな独特な足音だったらしいんですよ。
で、足音に耳を立てていると、その足音、Aくんの部屋の前で止まって。
そのうち聞こえてきたらしいんです。あのガサガサって音が。そうです、あの指が虫みたいに動く音です。そして、Aくんのアパートのドア、そこもドアにポストがついてるらしいんですけど、そこから部屋の中に蜘蛛が這うみたいに手が入ってきたらしいです。
Aくん、子供みたいに大声で悲鳴あげちゃって。でも、それが幸いして、しばらくしたら、おまわりさんが来てくれたそうです。たぶん、Aくんの悲鳴に驚いた近所の人が、110番にでも通報したんでしょうね。おまわりさんのノックの音で、Aくんが我に返ると、アパートは何事もなかったように普段のままだったらしいです。その夜からAくんは友達の家に泊まり、ずっとこのままってわけにもいかないんで、店で霊にくわしいと噂になってる俺に相談してきたってわけです。
Aくんから話を聞いた俺は、次の休みを彼と合わせて、その空き家に行きました。最初に話したとおり、お祓いとかはできないんで、近所の人にその空き家を管理している不動産屋を聞いて、そこに行ってチラシを不法投棄していたってとこだけを正直に話して、謝罪しました。そんでチラシを全部回収して帰りますって言って、家の鍵を開けてもらいました。
正直、ドアを開けてもらった家の中はかなりカビくさかったけど、俺には特別なものは見えませんでした。状況が状況なんで、不動産屋さんになにか家にいわくがあるのかなんて聞くわけにもいかないし、Aくんに起きたことの原因がなんなのかは今もわかりません。とにかく家の玄関を掃除して、帰るときに、Aくんと二人で「すいませんでした」と深々と頭を下げました。
それ以来、Aくんの身にはなにも起こらなかったみたいですけど、それから2ヶ月くらいして、彼はバイトをやめました。郵便受け、怖がってましたから、このバイト続けてくのは無理ですよね。
ポストから伸びる手 阿々田幸汰 @aadakouta
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