護る者、滅ぶ者 九
陸王も紛れもなく魔族だ。けれどこれまで、少なくとも人を喰らいたいと思った事はない。一度たりともだ。喰らうくらいなら、八つ裂きにした方がまだしもましだと思ってきた。だから雇われ侍として
それもこれも、陸王が人族とほとんど変わらぬ高位の魔族であるから。
だが背後にいる
それでも喰らいたいとまでは思わなかった。それどころか、護りたいと思った。
陸王は心の深い場所で感じていた。雷韋を独り占めにしたいと。けれどそれは魔族の本能である『飼う』という意味からではない。
ただ純粋に、自分の目の届く
陽の雪李が言っていたように、雷韋の魂に惹かれているのだ。
心の奥底で陸王は今、それを認めないわけにはいかなかった。雷韋に危機が迫っている今だからこそ、それを強く感じる。
死なせるわけにはいかないのだ、雷韋を。死なせてしまえば必ず後悔する。自分を憎悪し、呪うほどの後悔をするだろう。
陸王の中にはそんな確信があった。
今まで誰にもこんな思いを抱いた事はない。
雷韋だから。
雷韋だからこそ失いたくない。
少年が見せてくれた、裏も表もない純粋な子供の笑顔を護りたかった。雷韋が雪李の家に連れて行くと言った時、陸王は誰も信じないと言ったのに、おかしな真似をすれば斬るとも言ったのに、少年は無垢な笑顔を見せてくれたのだ。
それが忘れられなかった。それどころか、雷韋の笑顔が脳裏を過ぎっていく。
「鬼族はね、魔気に当たると全身の血が濁って、一瞬で倒れてしまうんだよ。雷韋が自分の腕を傷付ける前に
雪李は叫んで、一撃、二撃と陸王に
それを陸王は遮った。遮って押し返す。そして今度は反対に、雪李に打ち込んでいった。
雪李は陸王の刃を槍の柄で弾き返していったが、陸王の動きは滑らかに素早く、体勢を立て直す事が出来ない。雪李は奥歯を噛み締め、翼を大きく開くと、陸王と
そのまま宙から槍が降ってくれば、辺り一帯槍だらけになるだろう。陸王はそう踏んだ。雷韋もまだ傍にいる。陸王が怒鳴ったのに逃げていないのだ。
魔族の恐ろしさを知らんのか、と腹の中で怒鳴る。しかしそれを口にする事はしなかった。それどころではなかったからだ。
陸王は身を
「り、陸王……、何……っ」
「死にたくなけりゃ大人しくしてろ」
陸王が走り出すのと同時に、二人目掛けて鈍色の槍が降り注いだ。前後左右、どこにでも。けれど命中する事はなかった。
それは雪李が遊んでいるからだ。
上空にいる雪李からしてみれば、槍を当てる事など造作もない。だが、それではつまらないのだ。
簡単に当てて、二つの小さな
もっと遊びたい。
もっと苦しめたい。
辛い思いをさせたかった。
魔族にとって、人の恐怖心というのは重要な糧の一つなのだ。それを喰らいたかった。
本能の赴くままに貪りたい。血肉を喰らう前に、負の感情を思う存分喰らいたかった。
その事は、陸王にはよく分かっていた。同じ魔族だから。人と変わらぬ姿で、人と同じように生きられる高位の魔族であっても、所詮、魔族は魔族。陸王の中にだって、魔族としての本能がある。ただそれを飼い慣らしているだけの話で。
脇に抱えている雷韋から、混乱と恐怖が綯い交ぜになって身体に響いてくる。それはえもいわれぬ精神への馳走だった。
陸王も今、雪李と同じように雷韋の負の感情を喰らっているのだ。
けれど陸王は、そんな自分が許せなかった。これではあまりにも浅ましすぎる。それは陸王の
唯一の相手から喰らう事は。
だから陸王は、力一杯雷韋を遠くへと放り投げた。軽量の雷韋は「ぎゃっ」と悲鳴を上げて、落馬した時のようにごろごろと転がっていった。それを最後まで見届ける事もなく、陸王は素早く宙を振り返り、雪李に向けて鋭く刃を薙いだ。
直後、雪李の片翼が中途から縦に断ち斬れる。
陸王は鋭い斬撃で鎌鼬を起こしたのだ。
空から漆黒の翼が音もなく落ちてくる。その衝撃に、雪李もまた地に落ちた。
鈍い音を立てて雪李は地面に激突し、まだ放っていなかった槍が、甲高い音を響かせて辺りに散らばる。
その隙に、陸王は雪李との距離を一気に縮めた。
駆け寄る陸王と、
一定の距離を保って二人は対峙した。
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