紅(あか) 四
「
「僕に?」
「その人はあんたにどこか似てるんだ。面影って言うか……確信はないけど、もしかしたらあんたの陰かも知れない」
その言葉を聞いて、雪李の目が見開かれる。そのまま
それを眺めるように見てから、
「それにあんた、人間族かと思ってたけど、ほんとは違うんだろ?」
どこか
だが、それに返った言葉は意外なものだった。
「実はよく分からないんだ」
「は? 分からない?」
「僕は二つに分かれてしまってから、自分の事がよく分からないんだよ。自分自身の事になると記憶が曖昧なんだ。本来の自分の事を思い出そうとしても記憶が
雪李の新たな告白に雷韋は言葉を失い、陸王は
「でも、雷韋は会ったんだね? もう一人の僕に」
「え……あ、あぁ、多分、そうなんじゃないかって。だって、髪の色も瞳の色も同じなんだ。ただ、その人は有翼族だったけど」
「有翼族? 僕が?」
きょとんとして雷韋を見る。
「う、うん。
その話を聞いて、雪李は考え込んでしまった。雷韋もそれ以上は何も言わず、馬車が先を急ぐように勢いを上げて揺れる中、三人の間に沈黙が落ちる。
だがその沈黙も長くは続かなかった。馬車ががくんと揺れて急に止まったからだ。いきなりの振動に身体の均衡を崩した三人の耳に、馬の
陸王が窓から外を見ると、槍を手にした二十人ばかりの、グローヴの胴鎧を着た衛士達が馬車を取り囲もうと輪を作っているのが見えた。少し視線をずらすと、もう砦の目前にまで迫っている。跳ね橋も下りようかと言うところだ。
「馬車の中に罪人がいるな。引き渡せ」
馬車の前方から男の声が聞こえてきた。おそらくは衛士だろう。
「無礼を申すな。この馬車に乗っている
言う声は従者の声らしかった。貴人の従者だけあって、その態度は全く堂々としたものだった。
「いいや、そうもゆかぬ。客人とやらの顔を
突然、高圧的な男の声音が響いた。その声が響いた途端、こつこつこつと三度馬車の壁が小さく叩かれる。雷韋はその音を耳にして、
「今の、御者の合図だ。
二人に囁きかける。
砦はもう目の前だ。だと言うのに、やはり待ち伏せされていた。
三人が黙っていると、従者と闇の妖精族の遣り取りが続く。従者は飽くまでも陸王達をこのまま砦へ連れて行こうとし、闇の妖精族は
陸王と雪李を見詰める雷韋の目が、どうする? と問うていだが、陸王は雷韋の目など見てはいない。彼の身体は自然と刀の鯉口を切っていた。
「やるしかねぇな。兵はただの雑兵にすぎん。魔術でどうにでもなるだろう」
「問題は闇の妖精族だね」
「闇の妖精族の相手は俺がする」
陸王が言って、素早く馬車から飛び出した。
「雷韋、行くよ!」
雪李があとに続いて、その声に励まされるように雷韋も馬車を飛び出した。
その三人に気付いた従者が「お客人!」と声を上げるのも束の間、真っ先に陸王は緑色の
が、瞬間、何かを感じて横に飛ぶ。と、飛んだ先には衛士達がいた。口々に「刀を帯刀しているぞ」「グローヴ卿の手配していた侍だ」と叫び、槍を構えて陸王に突っ込んでくる。陸王は反射的に身を
その様を目にして、陸王は瞬間的に理解した。闇の妖精族が
さっきから闇の妖精族は
陸王が闇の妖精族に目を移すと、闇の妖精族は灰色の瞳を笑みに歪めた。本番はこれからだとでも言うかのように。
そして闇の妖精族は周りの兵士に向けて言葉を放つ。
「お前達ではこの侍に勝機はない。私に任せろ。その間に残りの二人を捕らえるのだ。この侍の仲間だ」
その時、跳ね橋が下ろされた。砦の中からエウローンの兵士達が群れをなして駆け出してくる。
しかしそれを闇の妖精族が阻んだ。
兵士一人一人を茨の蔦で絡め取ったのだ。動けば鋭い棘が鎧の隙間から突き刺さる。兵士達はなんとか剣で蔦を掻き切ろうと足掻いたが、それは叶わなかった。蔦は跳ね橋から伸び上がり、彼らの全身を絡め取って完全に動きを封じる。兵士達は身を動かす度に血を流し、その苦痛に顔を歪めた。
その一方で、雷韋は
雪李も異空間より獣を召喚している。雪李の目の前には直径一メートルほどの召喚円陣が展開し、赤く白く光るその中に真っ黒な姿をした四つ足の召喚獣がいた。
ヘルハウンドだ。
ヘルハウンドが魔物化してしまうと、その姿や声を見聞きするだけで人は死に至ってしまう。現れる時も閃光と共に現れ、消え去る時は爆発音と共に姿を消す。魔物の一つとして、ヘルハウンドは恐れられているのだ。
そんな恐ろしい存在だが、
ヘルハウンドの暗黒のような漆黒の毛色の中から覗く白く濁った瞳に睨め付けられて、衛士達は一様に怯んだ様を見せている。
雷韋は雪李の操るヘルハウンドと共に、襲い掛かってくる衛士達を片っ端から薙ぎ倒し始めた。だがそれは、殺生をしようというわけではない。雷韋は衛士達が武器を持って戦う事が出来ないように、多少乱暴だとは承知の上で火影で腕や足、鎖骨の骨を折っていった。
同時にヘルハウンドにも雪李に言って、死なない程度に手傷を負わせるよう差し向けていた。しかもヘルハウンドに向かっていく衛士の数は少ない。やはり召喚獣として使役されていても、魔物としての認識が強いのだ。だから必然的に攻撃は雷韋に集中する。ヘルハウンドも雪李を護りながら攻撃を仕掛けている為に、雷韋の援護にまで手が回らなかった。
雷韋は次々と襲い掛かってくる衛士を相手に必死で戦った。その成果か、負傷者が増え、辺りは怪我人の呻きに満ちていたが、何故か衛士の数が減る事はなかった。どこからか衛士が次々と集まってくるのだ。
それは
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