対 五
それを聞き、
「普通、他の土地の領主が別の領地の領民に危害を加える事も、干渉する事も禁じられている。それをすれば、手を出された方の領主は国王にそれを奏上する事が出来る。ここの領主が
自分でそこまで言っておいて、厄介だな、と最後に溜息混じりに吐き出した。
「厄介? 何が」
雷韋が怪訝そうに陸王に問う。
「色々とだ」
「なぁ、陸王、考えてもみろよ。あんたの今の例え話が本当なら、俺達には出来る事がある。元々俺が什智の邸に忍び込んだのは、グローヴの領民が重税に苦しんでるって聞いたからだ。ちょっとは懲らしめてやろうかって。什智が国家転覆を
「なんだって俺が人助けなんぞしなけりゃならんのだ。なんの得にもなりゃしねぇ」
それを聞いて、しかし陸王は呆れたように首を振った。
「でも、それで助かる人が大勢いるんだぜ。それって嬉しい事じゃないのか?」
「他人の幸、不幸なんざ俺には興味もねぇし、関係もねぇ。俺は得になる事でしか動かないんでな」
「じゃあ、あんたの一番大切なものって金か」
面白くなげに、むっつりと問い返す。
「いや、
「なら、どうしてその一番大切な生命をかけて
雷韋の言葉に、陸王は嫌らしく
「俺は負けねぇ。相手がなんであろうと。……随分前になるが、
「魔族、を?」
雷韋は言葉を失った。雪李もまた
魔族は全ての
魔族は人の
その為、大量に血が流れる戦場では遺体を放置する事はない。戦闘は夕暮れまでだ。夜陰に紛れた攻撃はしない。夜は魔族の時間だからだ。魔族を呼び込まない為に、戦闘は夕暮れまでと大陸では暗黙の了解になっている。だから戦闘があったその日のうちに、敵味方構わず遺体は全て焼き払ってしまうのだ。
そして陸王はそんな化け物を相手に、只一人生き残ったと言うのだ。俄には信じがたい話だが。
「それ、ほんとかよ」
雷韋が呻くように声を絞り出した。
「実際にあった話だ。影に潜む奴もいたからな、自分の影でさえ油断ならねぇ。夜は昼間以上の地獄になった。あちこちから悲鳴が上がって、骨を噛み砕く音が響いてきやがる。襲い掛かってくるのも、襲っている奴も全部斬った」
「そんな中で、あんただけが?」
「あぁ」
あの戦場で陸王は、七日七晩、寝食なく戦った。いつ、どこから魔族が襲い掛かってくるのか分からない中で。目につく魔族を斬って、片っ端から斬っていって、最後の一匹を斬ったと気付いたのは襲撃を受けてから八日目の夜明けの事だった。
その時にはもう陸王の心身は疲労と飢餓、精神の
そうして一人帰還した陸王だったが、その後、暫く神経が高ぶって眠れぬ夜が続いた。小さな物音にも身体が反応し、短くない間、幻聴や幻覚にも悩まされた。それから解放されたのはいつの事だったか、今では思い出そうとしても思い出せない。もしかしたら今でも続いているのかも知れなかった。
何故なら、陸王は酷く眠りが浅いからだ。ちょっとした物音でも目が醒める。それは未だに続いているという証ではなかろうか。
陸王は
「そんな思いをしてきたんだ。俺から見れば闇の妖精族は所詮人族だ。それ以上でも以下でもねぇ。魔族と対峙した時の事を思い返せば、怖くもなんともねぇな。魔族に奪えなかった生命を奴らに奪われるとも思えん」
雑魚だと、ばっさり言い切る。
雷韋も雪李も陸王の言葉を眉を寄せて聞いていた。雷韋は不安げに、雪李は何かを思い悩む風に。
そして口を開いたのは雷韋だった。
「陸王が……闇の妖精族を怖がらない理由は分かった。あんた、凄く強いんだな。でもさ、やっぱり一人じゃ危険だよ。わざわざ危険を冒す必要ない。さっきも言った通り、もし陸王の言うみたいにエウローン卿が什智の足下をどうにかして掬おうとしてるんだったら、俺達が手を貸せばいい。それであんたが得にならないって言うんだったら、手を貸す代わりに金を要求すればいいじゃんか。諸悪の根源を取り除けば、俺達すぐ自由の身になれるんだぞ。それじゃ駄目か?」
「よしんばその案に乗るとして、お前はその前にどうやって領主に会おうってんだ。何か考えはあるのか」
陸王は難しい顔をして腕を組んだ。
「それは……」
「俺もお前も一介の旅人だ。そんな連中が領主に会いたいと申し出ても、追い返されるのがオチだろう。例え領主に会えたとして、もし俺の推測が外れていたとしたら? その場合は什智に引き渡されるだけだ」
それを聞いて雷韋は、う~んと唸ってしまう。そのまま椅子に腰を下ろすと、両肘をついて考え込んでしまった。こちらも陸王に負けず劣らず難しい顔だ。
その雷韋に代わって雪李が口を開いた。
「陸王は会いに行くべきじゃないね。会いに行くなら雷韋だ」
「何故だ」
即座に陸王が返す。
「雷韋は無欲だし、本気で人助けだと思ってるから」
「それが?」
「そんな子供が追われている身で、髪の色も瞳の色も変えて直々に領主に訴え出るんだ。それを
一領民の意見だけどね、と最後に付け加える。
「話は聞くが、それで終わりかも知れん。什智に引き渡さないという保証はないだろう。第一、どうやって領主のところまで潜り込む。真正面から会いに行って、それで謁見出来るほど敷居は低いのか?」
「どうやって会いに行くかは雷韋に任せるさ。それにしても君は疑り深いな」
言って、雪李は小さく笑んだ。
「そういう
雪李の笑みを
その眼差しに、雪李は軽く息をついた。
「やっぱり、これは
「あ?」
いきなりの言葉に、陸王の目つきが
そして同時に、雷韋の目も雪李を捉えた。
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