手配 二
雷韋に逃げられてから随分と時間が経っていた。
グローヴから連れてきた衛士達は五十人ほどいた。そのほかに翠雅の兵士も三十人ほど借りている。全部合わせれば、都合、八十人。それだけの数を街に放って雷韋を捜させているというのに、未だになんの連絡も入らないからだ。
「フォルス!」
什智は砦の城門のど真ん中に立って、闇の妖精族の名を叫んだ。
美しい
「何か」
「魔術であの小僧を捜し出す事は出来んのか」
フォルスはすぐ隣にいるというのに、什智は苛立ちのままに大声を上げる。
それに、ふっと笑ってフォルスは答えた。
「魔術だって万能じゃない。出来る事と出来ない事がある。残念ながら、今の僕には何も出来はしない」
それより、とフォルスは言う。
「貴方はそろそろ自分の領地に帰った方がいい」
「帰る?」
「あとの事は僕に任せろ。上手くやる。勿論、貴方の
秘密と言われて、什智は目を見開いた。
「ひ、秘密? なんの事だ」
「貴方があの火の珠玉の力を使って、世界の覇権を狙っているという事だ」
フォルスの言葉に、什智は口を開こうとして開く事が出来なかった。
一体この妖精族は何を言うのか。世界の覇権を狙っている事など一言も口にした事はない。火の珠玉を盗まれた事は話した。それを盗まれたからこそ魔導士の伝手を使って、急いで雇ったのだ。しかしその時、世界を狙うなど一切口にしてはいない。大切な宝物が盗まれたとしか言っていないのだ。だと言うのに、何故知っているのか。
什智は目の前にいる
「なんの事か、分からんな」
そんな言葉が無意識のうちに出ていた。しかも言った声は動揺のあまり、上擦っている。
それに構わずフォルスは言う。
「
「三倍だと? お前一人雇う為に、金貨一〇〇枚用意したんだぞ。それを三〇〇枚にしろというのか」
什智は叫ぶように言い遣った。
「一人一〇〇枚。仲間は二人呼ぶ。それでいいだろう」
完全に足下を見られていた。フォルスが何をどこまで知っているのかは知らないが、今言う事を聞かなければ何をされるか分かったものではない。什智はぐっと拳を握り、奥歯を噛み締めるようにして答えた。
「……分かった。だが、報酬は成功報酬だ。無事に宝物を取り返し、あの小僧の息の根を止めたら支払う。それでよいか」
それにフォルスは横目でちらりと見遣り、言う。
「息の根を止める? そこまでの契約はしていないが」
「いいからやるんだ。一人一〇〇枚もの金貨をくれてやるんだ。大金だぞ」
什智は口惜しそうに言い遣り、フォルスの様子を窺ったが、彼は目を瞑って仕方なさげにこくりと頷いた。
それでも口元の薄笑みは消えてはいなかったが。
それを確かに見止め、什智はエウローン卿のもとへ戻ると、協力への感謝と
ただし、連れてきた衛士達の大半を残して。これは什智の手駒だ。翠雅の協力も引き続き維持して貰ったが、やはりどうしても己の手駒がないと困る。彼らは什智に忠誠を誓っている。翠雅の兵だけでは心許なかった。
**********
什智は己の領地、グローヴに向かう馬車に揺られながら考えていた。今のままでは駄目だと。
什智にとっては、雷韋は生かしておけない存在だ。どうあっても捕らえる必要がある。その為には手段を選んでいられないと腹の中で己の声が上がった。
しかし、雷韋を捕らえる方法がない。どこに逃げ隠れしているのか分からないからだ。
それでも什智には、雷韋がどこへ逃れようとも必ず捜し出してやろうという気概があった。
その為の手駒はエウローン領に残してきてある。だが、それだけでは心許ない。別動で兵の派遣が必要だと思う。それは当然、エウローン領に対してだ。おそらく雷韋は、まだエウローン領にいるはずだからだ。エウローンにある東、西、南の市門には衛士達を複数配置してある。まだそのどこにも引っかかっていないはずだ。エウローンを発つ際には、まだ捕縛したという報告は入っていなかった。
捕縛の件に関しては、一応、フォルスに任せてあるものの、それだけではまだまだ安心出来ない。
什智は馬車の窓からかを覗かせ、護衛の兵士に目配せした。
騎乗している兵士はすぐに傍へ近寄ってくる。
「卿、如何なされましたか?」
兵が静かに問うと、什智は極めて声を小さく低くして指示を出した。
急いでグローヴに戻り、エウローンへと兵を向かわせよと。
命を受けた兵士は頷き、あとに騎馬に乗った兵士二人を引き連れて、馬車よりも速く馬を駈けさせていった。
これは下手をすれば内戦に近い形になる。それでも什智は、雷韋を見つだし、無事に処刑することが出来るのなら、徹底的にエウローン領の内部を捜索させたかったのだ。
国王に弓引くことをしていることは、誰が知らずとも什智自身がよく知っている。
どうあっても什智は、火の珠玉の力で成り上がりたかった。
世界の一端でもいいから己のものにしたい。それを火の珠玉は叶えてくれるのだ。これまで自分を蔑ろにしてきた者達を見返すだけではなく、殺し尽くして、まずはこの国を掌握する。その為の足がかりとして、エウローン領を攻め滅ぼすことも辞さない覚悟だ。街の住民も、荘園の民も、どちらも殺し尽くしてもよいと考えた。もし騒ぎが大きくなれば、何某かの目撃者となるだろう住民の存在は邪魔でしかない。火の珠玉の力があれば、人など簡単に抹殺出来る。どれだけ多くの民がいようとも。
しかし、その為にも珠玉を取り戻すのが先だった。
雷韋を捕らえて、珠玉を我が手に。そして、什智の秘密を知るあの小僧にとどめを。
世界の覇者となるのは、珠玉を手に入れた時からの悲願だった。
だと言うのに、異種族の小僧に邪魔をされた。
それでどれほど歯噛みをしたことか。更には、一度は取り返したというのに、再び奪われてしまった。これほどの屈辱はない。
「決して許さぬぞ。見つけ出したら八つ裂きにしてくれる」
暗い憤りのままに、什智は低く唸るように言葉を発した。
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