第198話―恵方巻きは無言で食べないとならないのが節分―

広くはないが狭くもない居室にピアノが奏でる。


(三好みよしさんピアノも出来るんだ)


白鳥のような気品に溢れるドレス姿をするのは、かつて冬雅の学友だった三好茜さん。

俺は片手にある赤ワインが入ったグラスを口元に傾けて飲む。いつもコーヒーや紅茶を飲んでいるからか好まない味だ。いや分かっているサファイア家から下賜かしされた貴重な品。

この日のために協力してくれたペネお嬢様がこちらの視線に気づいて微笑んで手を振られる。


(きっと満足いただけて何よりでござるよ。

きっとそう思っていらしゃるんですよね)


何年ぐらい眠られたワインか存じ上げないが恐ろしく価値のあるものなのだろう。けれど悲しいかなそれを味わえるほど舌はこえていない。


「これが究極の至高ワインと噂されるロマネ・コンティの味か。

フフッ、お兄さんの顔が赤いよ。

どうしたのかな?ほらツンツン」


「真奈いきなり頬を突かないでくれぇぇ」


すっかり酒に溺れてしまった真奈。

いつもは天然な淑女とした彼女ではあるが一度どんな酒であっても酔いに回るのが速い。

あの甘酒でさえも酔えるのだから抵抗力が低すぎる。


「もう目を離せば。

ほら真奈おねえちゃん揶揄からかい過ぎると嫌われますよ」


どうしようもないと呆れながら比翼は真奈の両肩を優しく引っ張って下がらせる。


「お兄さんが……ねぇワタシのこと嫌いになった」


うっ、縋るような視線を送ってくる真奈がここに。


「そんなことないよ」


「じゃあ好き」


「人として好きだよ」


さすがに女の子としては言えない。

その線引きは大事ですので。ええ。


「ワタシのこと大好き?」


「ひ、人として大好きさぁ」


「ワタシも大好きだよ。来世でも記憶が消えても大好きな気持ちだけは消えたりしない」


「そ、そうか」


くっ、なんて会話をしているんだ。俺の家で

狭さも広さも感じないリビングでパーティーに飾られた空間内。知り合いが集まり、ほとんど揃って聞かれているんだろう俺と真奈のやりとりが。


「あちち。ハハッなんて会話だよ。こっちまで暑くなってくるぜ兄貴たちを見ていると」


愉快そうに笑っているのは我が弟。長く家を離れていたビジネスマンの弟は赤ワインを浴びるように飲んでいる。そういえば真奈と弟だけが美味しく飲んでいるね。


「まったくその通りですよ。てへへ」


「おっ、ずいぶんと明るくなったじゃないか?」


「明るくて悪いですが」


「なに悪い解釈してんだよ。そんなこと言ってねぇよ。その笑顔は周りを優しくさせる。

お前の笑顔は明るくていいっていったんだよ」


「……ふーん。最近なにかと忙しいと聞きましたが女の子ナンパでも磨いたみたいですね」


「ははヒドイ言葉だ」


ふむ二人とも牽制し合うような会話をしているが良好とみた。あの比翼と我が弟が、認めあっているようないないような……なんとも形状しがたい。


「お兄ちゃん……け、けけ、結婚しましょう!?

はうぅ」


真奈の好意を向けられた言葉を近くで見ていた我が彼女は危機感めいたものを感じて

全力のアプローチを仕掛けてきた。


「どうやら冬雅かなり飲んでいるみたいだね。

酔っているみたいだから水でも飲んで休むといいよ。ほら、おいき」


「は、はい。そうします」


冬雅は去っていた。

刺激されての行動は空振りになった。そりゃあ酔いのはやい真奈と酔いに耐性のある冬雅では自明の結果。

今日は二月三日この日は鬼を払い新年を迎えるための節分だ。

節分せつぶんとは春と夏そして秋と冬の四季はじまりの前日である。しかし時代の流れによって立春りっしゅんが迎える一日前として広まっている。

さて明日そんな春の始まりを迎える日で

俺の部屋に集まってきたのだ。リビングの間取りは理想的な広さはない。けれど、こぢんまりといったものでも無い。

なら普通かといえばそれも少し違く否定する。ならそのリビングは標準よりも上であり数十人が入っても窮屈さを感じない。

そして三好さんは興に乗ったのかドラクエのBGMを奏で始めた。一部は感嘆の声をもらす一方でキョトンと首を傾げる。


「ここまで聞こえてきたよ東洋お兄ちゃん。

それはそうと真奈が言っていたロマネ・コンティって?」


咎めるような懐いてくるような視線でナチュラルに近づいてきたのは花恋だ。さすがに赤ワインは未成年では飲めないので代わりにファンター、俺もそっちに飲みたいかな。


「えーとロマネ・コンティ……。お仕事で知ったのですが最高級のワインだったと思いますよ」


花恋の隣に近づいて足を止めて並ぶのは現役アイドルの猫塚さん。ん、最高級……そうか。

いやー奥深いと感じたらそうか。これほど風格が醸し出せるのは最高級でしたか出せない。

出し抜けに目覚めてしまった赤ワインの理解。また一口をすると宇宙が広がっいくのが感じてきて俺はつい頷いていた。


「ま。とりま兄ちゃんモテモテだね」


その声はギャル語を意識して使っている感のあるブイチューバーの中の人ではないか。


「いやそんな事は――」


「真奈様これを受け取ってください」


横から声をかき消されてしまう大声量。

テンション高めの香音は手作りらしいチョコを渡そうとしていた。えっ、ちょっと待ってくれ。たしか今日は節分であってバレンタインデーはまだ早いのではないでしょうか?

昨今のソシャゲの数週間よりも早く開催したバレンタインイベントみたいな速度である。

真奈は「ありがとう」と満面の笑みで受け取るのであった。

しばらくしてから頃合いと事前に用意した恵方巻きを配る。それは俺と冬雅が人数分に作った。ちなみに無言で食べるのがいいとされるが誰も彼もが我関せず、止まることの無い言葉を掛けては返していく過ごした方の節分であった。

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