第194話―文豪記念館でデートをする―

東京都には二十三区のうち文京区ぶんきょうくがある。

駅でそこへ寄り向かうと乗車。

目的地の駅に降りるとひしめき合う構内に歩いていく。人波に埋まれないようにと主張して冬雅は手を握ってきた。

改札口の外側に出てから人波が減った所でさり気なく傷つかないように自然な動作で手を離す。


「それでどこに行こうか?

文京区まで来たからには冬雅が好きな所をトコトンまで付き合うよ」


「やった!と舞い上がりたい魅力的なプランではありますが今日は通常のデートではありません。

ここへ訪れたのは森鴎外もりおうがいの記念館ために来たのですから」


森鴎外とは何ぞや?

悲しいことに俺は森鴎外にはあまり詳しくなかった。代表作が〖舞姫〗〖がん〗ぐらいしか知らない。


「記念館か。

たしか文豪ストレイドッグスがとうとう始まったから理解を深めようと寄るんだね」


文豪ストレイドッグス。ヤングエースで連載しているマンガで誰もが聞いたことある文豪の小説や内容などが技となっている異能バトルアクション。

ちなみに主役は川端康成で〖伊豆の踊り子〗は意外と読みやすくてメインヒロインのかおるとの儚き恋の行方と不器用な距離感も見所。読んでいる最中であまり期待していなかったメインヒロインの兄、思わず声を掛けられ知り合った賢き青年の栄吉えいきちとの友情を築かれるシーンは心に打たれる。

どちらかといえば友情のテーマが強いと自分は思うのだ。最後の詐欺じゃないかと疑いたくなる唐突な願いも心ぬくもり感じれて好きな作品。


「あっ、文豪ストレイドッグスそうですねぇ。

でもちょっとした聖地巡礼をわたしが楽しみたいのではないのです。デート兼ねての……お兄ちゃんの感性を磨くためです」


「あ、ああ。出かける前に述べていたね……ぶしつけな質問になるけど言い淀むのはどうして?」


「あ、あっはは。

それはですねぇ言いたくない心理なのです。執筆を磨いて叶えて欲しい。お兄ちゃんの為とは想いましたがアピールみたいになってしまいそうで使いたくなかったのです」


曖昧な笑顔と言葉。

色々と気になった疑問を訊いてしまい得心がつけるよう冬雅は、想い人のためと言の葉を紡いだ。

しかし欣喜雀躍となる彼女は俺の為と、よくよく言葉にして表している。そして今のように言うことに抵抗感、その細部のこだわりを感じ取って熟考する。


「誰かの為という尊くある願いにも意外と自分の為でもよく聞くよね。手助けて誰かが幸せになれることの達成感を満ちたいからとも」


「それも自分の心を満ちたいから、か……

えへへ、お兄ちゃんそろそろ行きましょう!」


この重たい話題はこれまでと言わんばかりと吟味して窺い見えてくるリアクションだった。

そこまで悩んでいるようには思えないし見えない。冬雅に引っ張られて記念館までの道を歩いて行くのだった。

道中で話をしながら俺は辿り着くまでワクワクしていた。明治と大正を代表する森鴎外は島根県の出身者である。それなら何故ここ文京区に記念館が建てられているのかと疑問を抱くだろう。どうやら冬雅の説明によれば文京区は文豪たちが暮らしていたまちだからしい。

夏目漱石や樋口一葉も暮らしており、東京大学を筆頭に学校もある。


「森鴎外は、文系と理系の分野でも秀でていた偉人なのですよ。東京医学卒でして評論家、小説家、軍医とマルチな職業を体験されています。

えっへへ、お兄ちゃんここで注目です。聞いてくださいねぇ文京区はなんと近代文学の発祥の地ともいえる本郷ほんごうもあるのですよ」


「発祥の地か、そこも寄ってみたいかな。んっ?もしかして記念館の次がそこに」


「モチのロンです!

今日は色々と回って学びましょう。お兄ちゃんの為に頑張って調べちゃったのですので任せてください」


胸を叩いて力強く断言をした。うむ頼もしい。

竹を割ったような笑顔に眩しさを覚えながら俺は先程した会話を想起、そして比較する。

俺の為という言葉には少なくとも二種類が発見した。

一つ、日常的のとりとめのない言の葉。

二つ、肝心な場面で言の葉をよく伝えたい。

おそらく冬雅の気持ちから推測して分かれる。取り留めのない言の葉には真剣な想いではなく迸る感情のまま。

そしてもう片方には強く込められた情動、そこを蔑ろにはしたくないと思われる。


「俺の為という……冬雅その続きだけど献身的に尽くそうとする気持ちは言葉として言っても必ずしも見せるためとは限らないじゃないかな。

傍でいつも見ているけど過剰なほど尽くしてくれているし、愛情だってもそう。

だからそこまで悩まなくてもいいと思うよ」


「お兄ちゃん……えへへ移動中そのことで考えていたんですねぇ。本当に深刻には悩んではいなかったですけど嬉しかったです。

大好きだよ!お兄ちゃん」


花さえも恥じらう満面の笑みを浮かべた冬雅はそう返すのだった。

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