第190話―元日詣―

元旦(がんたん)!

それは年明けた最初の日で午前中。混同されがちの元日は一月一日の意味であり、午前中や午後の限定的な時間帯を指さない。

除夜詣をして翌日の朝。正月の過ごし方は決めていた。家から一歩も出ず寝正月するのだと。

上半身の大半を炬燵の中に浸かり、涅槃像ねはんぞうごとく寝転びアニメを観ていた。


(前期の異世界ものアニメで個人的によかったのが不徳のギルド。こんなところも伏線を張っていたのかと意外にも面白かった。

冬雅が俄然と勧めてきたから観たけど、怪訝して観たが顔が赤いのは観て知った。

なんてもの一緒に観ようと言ったんだとツッコミながら観たもののサービスシーンは楽しみ方の一つで、つい笑ってしまうコメディーが俊逸。とくに説明が億劫なのに雑談は積極的な賢者らしきキャラの会話シーンは)


勧められたアニメの原作はマンガ。エ〇シーンが売りだけではないためギルドのマスコットキャラの掃除シーンが毎回は癒される。

余談だが冬雅と視聴したのは一話のみで続きは一人で観ることにした。気づけば最終話のBパート(一話分の後半)に入るところで。

ピンボーンと玄関から外側からの用件を伝える機械音がリビングに響いてゆく。……よし居留守を使おう。冬雅は来るのは午後で今頃は家族と一緒に初詣している頃だろうか。

そう決め込んで聴かなかったことにしようとするがダイニングテーブルからスマホが着信音が鳴る。


「タイミングがワルすぎるよ。

一時停止っと、誰からだろう」


画面に表示される文字は『真奈』。


「真奈?」


こんな時間にどうしたんだろうとタップして出る。「やあ、真奈あけましておめでとう」と挨拶。


『あけましておめでとう!お兄さん。

やはり家に居たんですねぇ』


「ああ、今日は寝正月。籠城する予定なんだ」


堂々と言うことではないが真奈に少しでも幻滅して恋から避けたいと利己的な心理から出た言葉。ついでにユーモアを狙って。


『フフッ、お兄さんらしい。

それじゃあ補給物資を送らないとなりませんねぇ。今ワタシがいるのは家の門すぐ前でして出来れば開門して欲しいのだけど』


「えっ、インターホンを押したのは真奈だったのか?」


『ええ。ワタシが押したよ』


や、やってしまった。

いつもの様に正月は誰が来ようが対応をしないと決めていた。寒い中で真奈をこれ以上は待たせないと俺はコタツから出て玄関に向かうのだった。

――マフラーをした真奈は手を洗うと居室に入る。飲み物は甘めのコーヒーを淹れて運ぶ。


(隣に座るのは、やめるべきだよなあ)


カップがすぐ手にするよう手前に置き離れた位置にコタツに戻る。とはいえ真奈と目が合う正面の位置になるが、これでいい。しかし真奈はこれには納得しておらず立ち上がり出して隣へと座った。


「お兄さん手を失礼します」


断りを入れてから真奈は暖を取っている炬燵の中から手の上を重ねるようにして置いた。


「え、えっ!?」


「いつもなら手を握りたいですけど、今日は手を添えるだけに留めておきます」


無邪気さのあるニッコリと笑って言う真奈。

この威力は絶大なので、恋人いる人にしたら駄目ですね。ええ即刻それを止めるべき。

そうだ俺は冬雅とは恋仲になっているから危ぶまれるのは解消しないといけない。


「ま、真奈こういうのは困るのだけど」


注意してから気づいたが悲しいかな強く言えない。言葉を選んだとはいえ、これでも強めに出たほうなのだ少なくとも自分の基準によれば。


「問題ありませんよ。

友達でもよくあるじゃれ合いですよ。よくあるじゃないですか」


「よく、あるのか?」


「そんなことよりも、お兄さん不徳のギルド観ていた最中でしたんですねぇ。再生しますねぇ」


「えっ。そ、それは不味いというか」


静止をしようとするが真奈は止まることなく再生ボタンを押した。ある人は言った――止まるんじゃねぇぞ…と。いや、使う場面が明らかに間違えているぞ俺よ。

見事にサービスシーンが流れており変な空気がしばらく漂わせるのだった。


「そ、そうだ。真奈は初詣は?」


「ううん、まだだよ。冬雅から聞きましたけど昨日もう初詣したっと」


「ああ」


「そこで元日詣はワタシと行きませんか」


何故ここに訪れたのか合点した。冬雅は朝早くから一緒に参拝しないかと誘ってきたのだ。

目的は理解したが真奈の格好は着物じゃない。いや、分かっている。必ずしも着物を着用する原則な規則や風習は無い。無いのだが……その残念というか職業アイドルでも見劣らないほどの美貌を誇るのが真奈であって飾らないのは少々いや非常に残念でならない。


「それは構わないけど、せっかくの初詣を俺なんかでいいのか。わざわざ来てもらうような価値は……」


「メッ!だよ、お兄さん」


雪の妖精とも謳いたくなるほど白い人差し指をのばして直接と口に触れてきた真奈。

左目を閉じウインク。どこか色のある気配。

こ、この流れなんか悪魔的でよろしくない!?

手を離すと真奈は言葉を発そうとする。


「いきすぎた謙遜は、自分の可能性まで否定してしまいかねませんよ。お兄さんの悪いところ。だからねぇ返事するなら……俺でいいのか?これぐらいがいいと思うんですよ」


これで伝えたいことは以上と両手を合わせて叩いた。

今度は甘さのベクトルが変わったような優しく諭すような声調で真奈は忠告した。


「ああ、確かに。周囲から何度もそう指摘されて直せない。直そうと意思が薄い。

肝に銘じる今度こそは」


「それでは着替えましょうか」


二階に上がり俺は二度目の参拝ため支度をする。そういえば寝正月をするとか一歩も家から出ないとか宣っていたが、変更する事これも例年通りかとひとりでに笑う。

冬雅が拵えてくれた着物。これはどうかと思いながらも二心がないことを自分に示すために着ようと決意する。袖を通して一階に降りて居室のドアを開けて入ったら着物の姿をした真奈が待っていました………………。


「真奈その着物は?」


青を基調としたもので白い百合の花をしていた。


「フフッ、実はねぇ訪れる際に持って来たのです。洗面所で簡潔に着替えましたけど、

キレイかなワタシ」


「真奈がキレイじゃなかったら世界がおかしい!」


おっと、つい感情が全面に出しすぎた。

少しは抑えないといけない。


「どうも。やっぱり足りないかな。お兄さん!せめて一言だけ……かわいい?」


「か、可愛いよ真奈もちろん」


このセリフを照れずに言いたかったが、そこはヘタレ勇者として名を轟かせた歴戦の猛者。

見事にスムーズに言えず少年めいたセリフで言ってしまったものよ……恥ずかしい。


「フフッ、お兄さんもかわいい」


「ハァー。キミたちの間では俺のこと可愛いと褒めないといけないルールでもあるのかい!?」


その賞賛は冬雅にもされており真奈にも言われるとそろそろ気にし始めてくる。そして真奈は不思議そうにキョトンと小首を傾げるのであった。

――ビューと吹かれる寒風の音。

世界の人類レガシー名花めいかが隣に。


「今年も心の距離が前進したと思う」


「うーん、うん」


なかなか同意しにくい。

決めた相手は既に冬雅とは固定してはいるけど揺らぎそうになっている。距離を離れるべきだけど付き合い方は友人として接しようと二人で決めたことなのだ。そろそろ吹っ切れないと俺も真奈とのそれぞれ想いを。


「そ、それにしても今日は寒いね真奈」


「そうだねぇ……そうだ!お兄さんちょうどワタシはマフラー持参しているんですよ。ですので一緒に温もりましょう」


「もしかしたら……いやカップルみたいにマフラーを至近距離で巻くってことだよね」


「うん。でも訂正させてもらいますと心が通い合う二人、もちろんカップルではなく。

さぁ温もりましょう!」


許可を取ろうとせず真奈に迫られて半ばに強制的にマフラーを一緒に巻いて歩く。

どうやら恋人巻きしてから気づいたが一人分では余分にある長さのマフラーであったようだ。

当たり前ではあるが往来の人々から注目されるが隣に並んで歩いている真奈は天にも昇りそうな

顔を浮かべていた。

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