不出来な兄
兄は、才能のある人だった。人よりもできることが多くあり、剣術に関してはひと目見ればすぐに覚えて自分のものにできる。そんな兄に到底及ばないと思っていた俺に「そんなに軟弱な思考でどうする」と父は厳しく接し鍛えた。
そんな父と兄との仲は正直に言っていいものだとは言い難い。兄がよく父に反発していたからだ。
「騎士であるならばそのような卑怯な手は使わない!」
それが兄が父に対しての口癖だった。兄が父に反発していた理由は、父の考えが到底理解に苦しむところにあるとのこと。謀略や計略、如何なる状況でも対応し突破する力がいる。そのためにその類のものをよく知る必要があると父も言っていたけれど、兄がその言葉に頷いたことは一度たりともなかった。兄は騎士ならばそんなもの学ぶ必要などないといつも憤っていた。
だけど、俺は父の言いたいことがよくわかる。俺たちが騎士だからといって、相手も正々堂々と戦うわけじゃない。盗賊などは人を盾にして自分たちの有利な状況で戦おうとする。相手も騎士だからといって正攻法で挑んでくるという保証もない。勝つためならなんだってするのも人間だということを、俺は父から学んだ。
そういう二人の仲の亀裂もあって、兄はあまり父の元では学ばなかった。才能があるのにもったいない、そう思いながらも兄に口を出さなかったのは、兄が俺の言葉に耳を傾けてくることもまたなかったからだ。
「兄さん……」
「……なんだカイト。お前も俺を馬鹿にしに来たのか」
別棟の地下には牢が設備してある。兄はそこに閉じ込められていた。剣を握ることも許されず、また身体を鍛えないように厳しい監視の元兄はここから一歩も出ることができない。
なぜ真っ先に勘当して僻地へ追い出さなかったのか。理由は簡単、兄ほどの実力の持ち主であれば報復する恐れがあったからだ。そうさせないために騎士であるために必要な力を兄から奪う、そのための拘束だった。
牢に囚われている兄の身体からは筋肉が抜け落ち、とても線が細くなっている。この状態で剣を振ったところで大した太刀筋にもならない。
「兄さん、なぜあのようなことをしたんですか」
父から呼び出されたかと思えば、学園で兄が何をやってしまったのか。最初聞いたときは自分の耳を疑った。そんな、兄が――あのレオンハルト様にそのような無謀なことをするのかと。
本人の口から直接聞いてみたいとこの場にやってきたけれど、兄は睨みつけるかのような視線を俺に向けてくるだけだった。
「想いを寄せている女性を守ろうとしただけだ。それの何が悪い?!」
「それ自体は悪くはないですよ。問題は、一方だけの言い分を鵜呑みにしてあろうことかレオンハルト様の婚約者に罪を着せようとしたことでしょう?」
「ハッ、お前はいい気分だろう? 俺の代わりに跡継ぎになれたのだから」
「兄さん……」
俺が今言いたいことはそういうことじゃないのに。相変わらず、兄は視野が狭い。こうと信じたもの以外は目に入らなくなる。今回の件はまさにそれだ。しかも信じるべき者を間違えてしまうというところが更に始末に負えない。
「しかし、お前も可哀想な奴だ。今後あの貧弱な王子を守らなければならないのだからな」
「貧弱……? 誰がですか」
「お前は馬鹿なのか? レオンハルトだ! 跡を継ぐということはあの王子のお守りをするということだぞッ!」
「……何を言っているんですか、兄さん」
吐き捨てるように言ってみせる兄に、ああ、と落胆した――俺は今まで、『兄』という理由だけでこの人のことを過大評価しすぎていたのだと。
話をすれば何かが変わるんじゃないか、そう思ってこの場に来た。けれど兄も言っていた通り俺が馬鹿だった。期待した分だけ無駄だったことに今になって気付くなんて。落としたくなる肩をなんとか堪えて真っ直ぐに兄に視線を向ける。
「レオンハルト様は貧弱なんかじゃありませんよ」
「ハッ、お前すらアイツの肩を持つ――」
「レオンハルト様は幼い頃より命を狙われていた身。自己防衛のために剣術を学び身体を鍛えておられますよ」
ただあの方は着痩せするタイプなのか、服を着ているとそのようには見えない。制服姿だと尚更だ。兄はそんなことにも気付かなかったのかと小さく息を吐きだす。
「今だって時間があれば騎士団のほうに顔を出し、身体を鍛えています。その腕前は騎士団長も認めるほどです」
「は……? 馬鹿な、あの王子がだぞ……?」
「兄さん。あなたはレオンハルト様の元にいながら何も見ていなかったんですね」
兄に対してこんな感情を抱くことになるとは。学園に行けば視野も広がり何かが変わるだろうと父も期待していた。内面が変われば、恐らく今までのグラディウス家の中でも一つ頭の抜きん出た存在になりうるだろうと。
周りの者はみなそう信じていたのに。結局兄は何一つ周囲の人たちの言葉を聞き入れることはなかった。
俺はあなただったら仕方がないと。あなただったら家を任せることができるのだと。だからカナット学園に行くのは諦めて騎士の道一本に絞ったというのに……!
「家のことは気にしないでください。俺が立派に跡を継いでみせます。レオンハルト王子からも期待されていることですし、その期待に応えてみせますよ」
「お前ッ……副団長になったからって、俺よりも上だと言いたいのか?!」
「少なくとも、剣の腕前は今のあなたよりも圧倒的に上だと思います。それでは。俺も学ばなければならないこともたくさんあることですしこれで失礼します」
「お、おいッ! カイトッ!」
「僻地に行ってもお元気で」
戦う力がなくなってから、兄は僻地へ飛ばされる。もう二度と騎士として生きていくことができない。果たして、騎士の家に生まれ騎士としての教育を施されてきた兄が、それ以外のことができるのかどうか。
無理だろうな。兄は視野が狭い上にプライドが高く、周りの意見に耳を傾けない。兄のためにとしてくれる助言ですら「馬鹿にしているのか」と一蹴してしまうのだから。
兄に背を向けて歩き出せば背中に罵声が飛んでくる。頭に血がのぼるとすぐにこれだ。自分が何を口走っているのか気付くことなく、俺が牢の扉をぐぐり閉じるまでそれは続いた。
「あなたを尊敬していました、兄さん」
そんな言葉も、きっとあなたに届くことはなかったんですね。
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