ああ言えばこう言う

七山月子


ああ言えばこう言う、とはシュウちゃんのことである。

シュウちゃんは靴下を隠して、サンタが来るのを見張ると言い出した。と思えばうっかり寝てしまい、私だけが夜通しシュウちゃんの合図を待っていた。

「なんで寝ちゃったの?私、ずっと起きてたのに。シュウちゃんのばか」

私と喧嘩したそのクリスマス当日、夜になってシュウちゃんは合図を送ってきた。窓に懐中電灯の光を当てるというものである。

カーテンを開けると、シュウちゃんは屋根に飛び乗っていて、いつもの通り笑っていた。腹が立って窓を開けずにいると、ノックを激しくするので耐えきれずに開けた。

鼻の頭を赤くしたシュウちゃんが、屈託のない笑顔で膨らんだ靴下を見せびらかした。

「うちのサンタは、毎年クリスマスイヴじゃなくて、クリスマスの夜に来るんだ」

と言った。

呆気に取られた私も、なんだか楽しくなってその夜はシュウちゃんと笑顔でバイバイした。

中学に入って、シュウちゃんは背が高くなった。顔つきも手のひらも変わらないのに、なんだか大きくなって声も低くなった。それで寂しく思っていることを、私は思い切ってカミングアウトした。

「シュウちゃん、急に男の子になっちゃって、だから私、なんだか嫌なの」

するとシュウちゃんは、

「大丈夫。リカのことずっと好きなのだけは、一生変わらないから」

と言った。

告白だった。

私とシュウちゃんはそれから、昔よりもずっと近くで過ごすようになった。親には言えないこともした。

大人になって、シュウちゃんは言った。

「俺は、東京に行って、自分を試したいんだ」

私はショックだった。でも、シュウちゃんとなら離れても大丈夫な気がした。私は近所の八百屋で働くことになり、それからシュウちゃんは旅立った。

だけど、一年もしない内に連絡は途絶えてしまった。

私を好きじゃなくなったのかもしれない。私のことなんて、田舎ごと忘れてしまったのかもしれない。東京の生活が楽しくて、私のことなんて思い出す暇もないのかもしれない。あの時、どうして止めなかったのか。

悩んだけれど、私は自分から連絡をもうしないことにした。

その途端に、私のことを好きだと言う人が現れた。

だけどシュウちゃんが良かった。でも、シュウちゃんが正月になっても帰ってこないいく年の月日を越え、私は28歳になって行った。

私のことを好きな人は言った。

「もう、待てないよ。俺は、リカちゃんしか見えない。どうしてもだめなら、ここで諦める。見合いの話が来ているんだ。今、決めて欲しい」

シュウちゃんを待つのはもうやめようと思った。

「お待たせ、しました。よろしくお願いします」

泣いてしまったのは、嬉し涙なんかじゃなかったけれど、これからそういう風に変えていけば良いと思った。シュウちゃんは、もういないんだ。

その翌年、トシくんとクリスマスを過ごし、夜中までベッドの中に居た。これでいいと思ったし、正直なところシュウちゃんの顔もぼやけて記憶だけで想うのはもう限界だった。

だけど、その年の年末に、シュウちゃんが帰ってきた。

隣の家のことだから母はすぐに私に報せた。知りたくなかった。

聞きたくもなかった。

私を捨てたシュウちゃんを見たくもなかった。

もう取り戻せない時間を振り返りたくも、ない。

「おう、リカ!元気だったか?」

なんでもないように振る舞うシュウちゃんに、私は呆然とした。そして怒った。

「なんで連絡をよこさなかったの!私のことより大事なことができたんだったら、もう話しかけないでよ!私、恋人他にできたから。もう、シュウちゃんの恋人じゃないし、今度結婚もするから」

するとシュウちゃんは、私を抱きしめた。

「ごめんな、リカ。俺、怖かったんだ。田舎に帰るのも、リカに連絡するのも。なんだか、怖かった。他の男に取られたって、仕方ないな、俺なんかより、ずっといい男がリカには似合うよ」

もう、終わりだと思った。私とシュウちゃんの歯車は、噛み合わなくなって随分経ってしまったのだ。時間は無差別に続くのだ。このまま私は彼と結婚し、シュウちゃんは別の女性と結婚するのだろう。

「だけどな、リカ。俺のリカへの想いは変わらないんだ。言ったろ。中学の時から、変わらないんだ。許してくれよ」

呆然とした。

「何、言ってるの?もう無理だよ」

私がいうと、

「こっちだって無理だよ。リカしか知らないんだ、俺」

ああ言えばこう言うシュウちゃんのままだった。

私と彼は正式に別れ、私は東京に行くことにした。

シュウちゃんは呑気に車を運転しながら、引っ越し先の玄関にプレゼントを置いてあるから、びっくりするぞとサプライズができないようだった。

私は彼に申し訳ないと思いながら旅立つこととなったが、近所の同級生からは、あの彼が浮気していた目撃を聞かされ、なんだかちょうど良かったように思えた。

シュウちゃんは、東京でもやっぱりああ言えばこう言うような、シュウちゃんだった。

きっと、そのうち、私たちは結婚するだろう。ああ言えばこう言う、と揶揄いながら。

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