見習い魔女を雇ってください!

オレンジの金平糖

魔女を残しなさい

 泉が燃えている。真っ青な炎が、泉から真昼の青空へと伸びていた。それは少しずつ、泉を囲むように作られていた小さな集落に広がろうとしていた。


 集落の者たちは、燃える泉の周りに集まり、首を垂れて動かない。そこに音はなかった。最期の時を待つ穏やかな時間があった。何か神聖な儀式であると思わせる美しささえあった。集落と共に果てることが当然であると、それこそが自分たちの使命であり運命であるのだと、この集落唯一の子供であった少女を除いて皆が信じていた。


「逃げようよ! ねぇおばあちゃん、死んじゃうよ」


 リゼットはエリーネを揺さぶった。青い炎はかつてより語られていた「泉火」であるとリゼットも理解していた。しかし、理解することと納得することはまるで別物だ。祖母にも、家族同然の集落の者たちにも生きていて欲しい。たった四十人ほどの小さな集落。リゼットには何よりもかけがえのないものだった。


「リゼット、行きなさい。あなたはここから離れていい——いえ、違いますね。あなたはここから離れなくてはなりません」


 エリーネは肩に置かれていたリゼットの手をゆっくりと外す。リゼットの手を優しく包み、目元のシワを深くした。彼女のシワは長い年月をかけて蓄積してきた強さと優しさの証でもある。


「なんでわたしだけなの? おばあちゃんたちが逃げないのならわたしだって……」

「魔女を残しなさい。この地にいる精霊を守りなさい。それがリゼットのやらなければならないことです」

「わたしはまだ見習いだよ! おばあちゃんがいなくなったら魔女もいなくなるってことなんだよ?」


 リゼットの反論には耳をかさず、エリーネは続ける。


「ウォームの泉の伝説は覚えていますね? 五章三節の言葉に従ってこの山を降りなさい。街へ出れば列車があるから、アクス地方へ行くものに乗りなさい。ヤニックという人物がいるはずですから、彼を尋ねるのです。その後のことは彼に会えばわかるでしょう」


 リゼットは唇を強くかみしめた。何を言っても無駄だと分かった。十一章に及ぶ泉の伝説は幼い頃から暗唱させられていたから全て覚えている。五章三節は「現世への導き」。


「大丈夫。やるべきことは自ずとわかるものです。直感を信じて、前を向いて。ここの者たちは皆リゼットの味方です」


 エリーネは最高の魔女だ。エリーネは全てを知っている。彼女の言うことには全て意味がある。そのことをリゼットは知っている。


「おばあちゃん、わたしが魔女も精霊も守るよ。約束する。わたしに任せて」


 エリーネは今までで一番優しい顔をして微笑んだ。


「さあ、いってらっしゃい。何もかもがうまく行くようにこの私が祈っていますから」


 偉大な魔女を、優しい祖母を、この集落で生きた十六年を忘れないように。リゼットはエリーネの姿を目に焼き付けようと祖母を見つめた。涙で視界をぼやけさせるのは、そのあとでいい。リゼットは握られた手の温もりを感じながら、エリーゼに負けないくらいのとびきりの笑顔を見せた。


「行ってきます!」


 集落の入り口である大きな扉の先に伸びる洞窟にリゼットが足を踏み入れると、泉火は瞬く間に集落を飲み込んだ。リゼットは振り向かないように走り出す。もう一度、「行ってきます」とかみしめるように呟いて、ただひたすらに足を動かす。集落から持ち出したものは、以前エリーネから渡されていた「魔女の箱」とわずかな銀貨が入った袋のみ。


 リゼットの涙は地面に染みをつくり、彼女の旅立ちをそこに刻んだ。

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